「ルフィーヴァランドと言ったね、
大変なことが起きてしまったんだね」
薄暗い厨房の奥の方で業務用冷蔵庫の機械音だけが
静かに定期的に聞こえていたそうでございます。
マキシムさまが通されたのはスタッフの休憩室だったそうです。
陽葵さまが大きなグラスに透き通った氷を浮かべたお水を出してくださったそうでございます。
マキシムさまはご自分で思っていた以上に喉が渇いていたそうで、
おふたりにお礼を申し上げると
あっという間にごくごくとそのグラスを空っぽにしたそうでございます。
その後冷蔵庫に準備されていた賄いのためのマカロニサラダと
軽く温められたロールパンを用意していただいたことも、
とても嬉しかったとおっしゃっていました。
叔父さまはマキシムさまから説明を聞かなくても、
崩壊した国のことはご存じのようでしたから、
そのこともまた、とても助かったそうでございます。
「それで、わたしたちに何かできることはあるのかな、
なにか食事の場とか、今日の食材でよかったらすぐに準備できるのだけど」
「ありがとうございます、
お願いしたいのは、自分の母親と妹を受け入れてもらえるところを探しています」
マキシムさまは無理を承知でお願いしたそうでございます。
おかあさまは救助の後も
少しずつ悪くなっていたそうでございましたから、
マキシムさまとしては、
自分の命を削ってでもとお思いになられていたようでございます。
叔父さまは入口付近の台の下からお店の電話帳を持ってこられたそうでございます。
「すぐ裏通りには大使館も数軒あるのは確かなんだけれど、
こちらからは連絡できないだろ、
明日からの予約はどうなってる?」
陽葵さまはアポイントブックを1,2ページ開くと
「大使館のお客さまはいらっしゃらないけれど、
大使の奥さまと以前大使の奥さまのお友達だとおっしゃってた方が、
明日のランチと、あさってのランチに予約されているわ」
と、おっしゃったそうでございます。
「それじゃそのおふたりに聞いてみることにしよう」
叔父さまはメモ用紙にその旨を記入されたそうでございます。
そこへ裏口からひとりの女性が入ってこられたそうでございます。
「こんにちは、
新作の打ち合わせなの?」
「やあ、リサ
そうじゃないんだ、
ちょっとした作戦会議かな」
そこで叔父さまのフィアンセの理佐子さまを紹介されたそうでございます。
その日はウェディングドレスの試着にいくため、
叔父さまのレストランで待ち合わせることになっていたそうでございます。
「まあ、僕は試着室には入れないから
運転手としていくだけなんだけれど」
「ステキなカップルでしょ、
わたしの叔父さんなんだけど、年齢は10歳しか離れていないの」
マキシムさまは突然現れたどこの誰かもわからない相手に対して
このように親切にしていただいたことに
感謝しても感謝しきれないとよくおっしゃっていました。
表に出て戸締りをすると、おふたりはお出かけされたそうでございます。
陽葵さまもアパートで引っ越しの片づけがありましたので、
ここでお別れすることになったそうでございました。
車内にはマキシムさまが座るスペースはなかったそうでございましたから。
エンジンをかけて運転席側のウインドゥを下げると、
「今日のうちに部屋をきれいにしておくつもりよ、
いい結果を報告できたらいいのだけれど・・・」
そして、明日の閉店時間にまた会いましょうと
手を振って通りを走って行かれたそうでございます。
マキシムさまはおひとり残されたのですが、
ふと自分はいま陸上にいたのだと気づかれて、
足の裏の感触を楽しみながら船に戻られたとおっしゃっていました。
