姉の婚約者の教師と生徒が同居することになったのだが

♢腕相撲

 骨折もだいぶ良くなり、ほぼ完治している。この夏、一度しかない夏。
私は、あくまでさりげなく先生を夏祭りに誘うことにしてみる。

「先生、夏祭りに行かない?」
「生徒指導の一環で行くことはあるかもしれないが、人ごみは疲れるしな」
「まだ、若いのにもったいないなぁ。わたがしも食べたいし、花火も見たいし、一緒に行こうよ。私ゆかたを買ったんだ」
「だいたい、二人で行くなんて、知り合いに会ったらどう説明するんだ」
「じゃあさ、女子サッカー部の友達も誘うから、顧問として付き合ってよ」
「みんながいるなら、まぁ顧問としてならば……」
 渋々先生は了承してくれた。これで、夏休みの楽しみがひとつ増えた。

 それにしても、私ったらこんなに必死なのはなぜなの?
 一般的な恋人たちの見えない壁がないことが、うらやましい。
 成人しているという大人であるという事実が、うらやましい。
 先生は私のことなんて何とも思っていないだろうけれど――私は違う。
 最近自覚している。この気持ち。先生を好きだという気持ち。

 生徒と先生じゃなければ……堂々と歩けたのに。
 一緒に歩くことも人目を気にしなければいけないなんて……苦しい……。

 もっと一緒にいたいけれど、近いのに遠い―――。
 先生との距離は、せつない―――。
 二人には大きな壁があり――

 どんなに好きだとしても近くにいても、気持ちを伝えることもできないでいた。先生の立場、私の立場。好きだけでは――動けないことがたくさんある。

 もしも、両思いになったとしても、デートを堂々とすることはできないし、先生は、未成年に手を出すことはできない。今、同居していることだって、人目を気にした生活をしている。

 付き合ってはいないけれど……でも、好きという気持ちはあって……もどかしい距離が、存在する。会いに行ける距離にいて、ただ、話すだけ。それだけでハッピーになれる。

 そこらへんの高校生よりもずっと不自由な恋愛かもしれない。
 思い切って切り出してみた。手をつないでみたい。そのための提案だ。

「先生、腕相撲でもしてみない?」
「え? なんで? 急に?」

 私の申し出に、先生はちょっと驚いた顔して……。
 先生は古風な今時珍しい日本男児という感じだ。

 好きなんて言葉は、まだ全然言えないけれど……
 先生の不器用でぶっきらぼうなところ――そこが好きだな。

 先生の手を握る。先生は私の手を握り返す。
 この短時間がずっと続けばいい。それは、幸せという穏やかな時間だから。

 腕相撲という名目の手をつなぐ作戦。
 私はその日、先生とつないだ手を洗えないでいた。