♢伝統行事
毎年恒例なのだが、わが校には伝統行事があった。それは、文化祭の時に好きな人を誘って告白するという素敵な伝統だ。片思いの人には絶好のチャンスだし、両思いの人には楽しい思い出ができる。私は過去に一度も告白などされたことはない。少し前までは、髪の毛もショートカットで男に間違えられたことは数知れずという感じの私。ようやく部活も引退して、最近女性らしい雰囲気を求めて、髪を伸ばしている。先生の影響が大きいということは否定はできない。
ちなみに、わが校の伝統行事。誘っても脈がない場合は、口実を作って断るというのも伝統だと聞いた事がある。
知らない男子に声をかけられた。声をかけられるなんて珍しいと思っていたら、
「文化祭、一緒に行かない?」
思わぬ誘いに私は、つい、返事をしてしまった。
「はい」
はい、という言葉は、いいですよ、という意味に一般的に受け取られる。つまり、つきあってもいいかもという答えになっているということ?
絶対にこの人はない、と思えば、今ここで断らなければいけない。やっぱり、前言撤回しないと。私は急いで、断ることにしたのだが――。
「あの……」
断ろうとする私の声を遮った。
「うれしいよ。咲原さん。僕は隣のクラスの宮沢っていいます。誘ってよかったぁ。文化祭、楽しみにしているね」
という言葉を残して行ってしまった。
ここで、断らないと、と思ったのに、あっという間に姿が見えなくなってしまった。待ってよ、宮沢君!! という心の叫びは届かない。明日、突然断るのも別な意味で勇気がでない。仕方がない。当日やっぱり忙しくて無理って言おう。さりげなく、傷をつけずに断ろう。そう決心した。だって、私には好きな人がいて、片思いだけれど、その気持ちは本当だから。
宮沢君は優しそうな好青年で、素朴ながら真面目そうで誠実そうだった。もしも、好きな人がいなかったら、とりあえずつきあってもいいかな、と心が揺らぎそうな素敵な人だ。別に嫌いなわけではない。しかしながら、宮沢君をすごく好きになれるかどうかという判断は今時点でできるものでもない。今、私には大好きな人がいるわけだから、宮沢君が入る余地はないのだけれど。
先生は相変わらず女子生徒に話しかけられている。多分、教えていないクラスの生徒も文化祭だからこそ話しかけているという感じの女子もいた。わが校の伝統は文化祭に好きな相手を誘うことだが、好きな相手が先生の場合は、例外だ。先生は勤務中で忙しいわけだから、誘うことは暗黙の了解で遠慮することになっている。そのおかげで、私の愛する先生は担任としてメイド喫茶のプロデュースに徹することができるのだ。先生はああ見えて、キャプテン肌だ。的確な指示と統括能力、みんなをまとめる力は文化祭でも大活躍で、先生の知り合いの業者から安くエプロンを買ったり、道具もそろえることができた。名プロデューサーとして学園に名を刻んだということは私が証言できる。
我がクラスの男子も、恥ずかしいといいつつメイド姿を徐々に楽しみつつあるようだ。女装することがむしろ楽しい、そういった雰囲気の中、空き時間に伝統行事をこなすものも多数いる。
メイド喫茶のメイド男子も、気になる女子と一緒に文化祭をまわり、成立したカップルは割といるようだ。
私がメイド姿で一生懸命オーダーを取っていると、宮沢君がやってきた。
「一緒にまわりたいのだけど、空くのは何時?」
「えっと、あと10分くらい」
その会話を先生に聞かれたかな? 何となくだけど、目が合ったような気がする。私は、後半はフリーだ。忙しいという嘘はついてもばれてしまうし、ここで断るのも気まずい空気だ。仕方ない、とりあえず文化祭だけはなんとかこなそう。もし、告白されて断ればそれでいい。
そう思って、宮沢君が待っているのを尻目に私は、オーダーをとる。なんて断ろう、そんなことばかり頭の中でぐるぐる回っていた。緊張していた。そんな経験は初めてだったから。すると、先生がこちらへ歩いてきた。
「なんだ? あの男子と伝統行事か?」
先生も伝統行事を知っているんだ。ということは、誤解されないといいけれど。
「うまくいくといいな」
はぁ? 何その誤解。めちゃくちゃ誤解しているし。
「あーいうタイプが好きなんだな」
ちょっと嫌味にすら聞こえる。私の気持ちを知らないからこんなこと言えるんだ。
「先生が心配しなくても、私には好きな人がいるんだから」
「好きな人、いたのか?」
「悪い?」
「そっかー、年頃なんだな」
子供扱いですか? とてつもなくむかつく。
「じゃあ、宮沢君と楽しんできます」
つい、むきになる私の悪い癖だ。
「せいぜい楽しんで来い」
先生はとても忙しそうだ。私などにかまっている暇はないことは周知の事実だということくらいわかっているつもりだ。
毎年恒例なのだが、わが校には伝統行事があった。それは、文化祭の時に好きな人を誘って告白するという素敵な伝統だ。片思いの人には絶好のチャンスだし、両思いの人には楽しい思い出ができる。私は過去に一度も告白などされたことはない。少し前までは、髪の毛もショートカットで男に間違えられたことは数知れずという感じの私。ようやく部活も引退して、最近女性らしい雰囲気を求めて、髪を伸ばしている。先生の影響が大きいということは否定はできない。
ちなみに、わが校の伝統行事。誘っても脈がない場合は、口実を作って断るというのも伝統だと聞いた事がある。
知らない男子に声をかけられた。声をかけられるなんて珍しいと思っていたら、
「文化祭、一緒に行かない?」
思わぬ誘いに私は、つい、返事をしてしまった。
「はい」
はい、という言葉は、いいですよ、という意味に一般的に受け取られる。つまり、つきあってもいいかもという答えになっているということ?
絶対にこの人はない、と思えば、今ここで断らなければいけない。やっぱり、前言撤回しないと。私は急いで、断ることにしたのだが――。
「あの……」
断ろうとする私の声を遮った。
「うれしいよ。咲原さん。僕は隣のクラスの宮沢っていいます。誘ってよかったぁ。文化祭、楽しみにしているね」
という言葉を残して行ってしまった。
ここで、断らないと、と思ったのに、あっという間に姿が見えなくなってしまった。待ってよ、宮沢君!! という心の叫びは届かない。明日、突然断るのも別な意味で勇気がでない。仕方がない。当日やっぱり忙しくて無理って言おう。さりげなく、傷をつけずに断ろう。そう決心した。だって、私には好きな人がいて、片思いだけれど、その気持ちは本当だから。
宮沢君は優しそうな好青年で、素朴ながら真面目そうで誠実そうだった。もしも、好きな人がいなかったら、とりあえずつきあってもいいかな、と心が揺らぎそうな素敵な人だ。別に嫌いなわけではない。しかしながら、宮沢君をすごく好きになれるかどうかという判断は今時点でできるものでもない。今、私には大好きな人がいるわけだから、宮沢君が入る余地はないのだけれど。
先生は相変わらず女子生徒に話しかけられている。多分、教えていないクラスの生徒も文化祭だからこそ話しかけているという感じの女子もいた。わが校の伝統は文化祭に好きな相手を誘うことだが、好きな相手が先生の場合は、例外だ。先生は勤務中で忙しいわけだから、誘うことは暗黙の了解で遠慮することになっている。そのおかげで、私の愛する先生は担任としてメイド喫茶のプロデュースに徹することができるのだ。先生はああ見えて、キャプテン肌だ。的確な指示と統括能力、みんなをまとめる力は文化祭でも大活躍で、先生の知り合いの業者から安くエプロンを買ったり、道具もそろえることができた。名プロデューサーとして学園に名を刻んだということは私が証言できる。
我がクラスの男子も、恥ずかしいといいつつメイド姿を徐々に楽しみつつあるようだ。女装することがむしろ楽しい、そういった雰囲気の中、空き時間に伝統行事をこなすものも多数いる。
メイド喫茶のメイド男子も、気になる女子と一緒に文化祭をまわり、成立したカップルは割といるようだ。
私がメイド姿で一生懸命オーダーを取っていると、宮沢君がやってきた。
「一緒にまわりたいのだけど、空くのは何時?」
「えっと、あと10分くらい」
その会話を先生に聞かれたかな? 何となくだけど、目が合ったような気がする。私は、後半はフリーだ。忙しいという嘘はついてもばれてしまうし、ここで断るのも気まずい空気だ。仕方ない、とりあえず文化祭だけはなんとかこなそう。もし、告白されて断ればそれでいい。
そう思って、宮沢君が待っているのを尻目に私は、オーダーをとる。なんて断ろう、そんなことばかり頭の中でぐるぐる回っていた。緊張していた。そんな経験は初めてだったから。すると、先生がこちらへ歩いてきた。
「なんだ? あの男子と伝統行事か?」
先生も伝統行事を知っているんだ。ということは、誤解されないといいけれど。
「うまくいくといいな」
はぁ? 何その誤解。めちゃくちゃ誤解しているし。
「あーいうタイプが好きなんだな」
ちょっと嫌味にすら聞こえる。私の気持ちを知らないからこんなこと言えるんだ。
「先生が心配しなくても、私には好きな人がいるんだから」
「好きな人、いたのか?」
「悪い?」
「そっかー、年頃なんだな」
子供扱いですか? とてつもなくむかつく。
「じゃあ、宮沢君と楽しんできます」
つい、むきになる私の悪い癖だ。
「せいぜい楽しんで来い」
先生はとても忙しそうだ。私などにかまっている暇はないことは周知の事実だということくらいわかっているつもりだ。


