♢夏祭り
夏は昔から大好きだ。夏と言えば夏休み、夏祭り、花火、屋台と連想ワードは限りなくとめどなく浮かんでくる。
夏祭りの屋台に好きな人と行ってみたいとずっと前から思っていた。
ようやくその願いが叶うのだ。
今晩ばかりは、日本の女、大和魂を爆発させるんだから。先生、ちょっとくらい見とれてくれるかな。アップにしたうなじが女性らしさを感じてくれるかな。なんて淡い期待をしながら、伸ばしている髪の毛を束ねてアップスタイルにする。なんだか、いつもと違う感じかな。髪飾りだって、和柄のかわいいものを選んだ。先生は髪飾りなんかに目を止めないだろうけれど、でも、さりげなく、女の子らしいアピールをしたい。いつも、サッカーで汗だくで、日焼けしている私。元気な男の子みたいな部分ばかりみせているのだから、せめて、今日くらいは。浴衣は紺色に朝顔の柄のものを選んだ。この日のためにわざわざ購入したのだ。女性らしさをみせつけるために。
先生は、浴衣など持っていないので、Tシャツにハーフパンツにサンダルだ。なんともラフな格好である。先生はいつもと変わらず仏頂面で、顔色を変えない。異性というよりは保護者という感じの立ち位置だ。まぁ、私なんかに何も感じないだろうけれど、同じ部活の仲間も結構かわいい子もいるんだけど、それでも全然動じない。やっぱり女子高生にドキドキしているようでは、女子高の教師は務まらないのかもしれない。きっと、私のことも、浴衣着ているな、くらいしか感じていないと思う。ちょっとカラーリップを塗ったとか、ファンデーションを薄く塗ったとか、そういった変化なんか気づいてくれないと思う。でも、やっぱり、自己満足でも私は、背伸びをしたい。きれいでいたい。
お姉ちゃんは、美人だ。あの手のタイプが好きならば、私に勝ち目はない。だから、少しでも着飾るのだ。私らしくない一面かもしれない。体育会系ボーイッシュガールのすることではないかもしれない。でも、少しでも私を見てほしいから、私は慣れない下駄を履く。鼻緒と指がこすれて、痛くても下駄を履く。小物の可愛さで、かわいく見せようとするあざとい女に、いつからなったのだろう。
日がまだ長いので、夕方でもだいぶ明るい。まつりの騒がしさと私の中の、特別なドキドキが重なって、特別な胸の高鳴りが今日はあったのだ。夕暮れの美しい色合いの空に助けられた私は、思い切って、先生に話しかける。
「先生、わたがし買って、一緒に食べない? ひとりだと多すぎるからさ」
取ってつけたようないいわけだったけれど、不自然じゃなかったかな。ちょっと不安になる。
わたがしは思ったよりも大きくて、ふわふわしていて、白かった。まるで、夢の中の食べ物のようだ。ちぎって先生の口に運ぶ。まるで親鳥のような私。
「あーん」
なんていいながら、私は恋人気分に浸る。先生は従順に口を開けた。はたから見たら、母親と子供のようかもしれない。顔の距離が近いと私の心臓はもっと早くなる。まわりの友達も、わたがしやりんご飴などそれぞれ好きなものを屋台で買い始めた。下駄の音がカランコロン歩くたびに響き渡る。特別な音は今日は特別だという気分をさらに高めることとなった。
「金魚すくったよ」
仲良しのユミが見せてくれた。透明な水の中で生きている美しい魚だった。でも、こんな狭いところで泳いでいる金魚が少しかわいそうにも感じられた。お祭りの金魚は早く死んでしまうことも多い。長生きできる金魚もいるが、金魚をすくった人次第だったり、環境だったり……金魚の運命は運に左右されると感じた。ユミはきっとちゃんと育ててくれると思う。だから、君はラッキーだよ。幸運なんだよ。私は、金魚に無意識のうちに語り掛けていた。
そんな私のことを知ってか知らずか、ユミが、
「焼きトウモロコシ買ってくる」
というと一緒にいたサヨも「私も食べたい!!」と言って、その他のメンバーもなぜか一番遠くにある焼きトウモロコシを買いに行ってしまった。多分、そばを通った子供たちがおいしそうに食べていたこともあるだろうが、こおばしい香りが食欲をそそったことは一因だと思う。それが、幸運だったようにも思う。もしかしたら、恋の神様が味方したのかな。
二人だけの空間。沈黙が気まずい。元々先生は無口だ。だから、私が先手を切って話しかけることとした。
「今日の私、結構女らしいと思わない?」
私ったら、なんてことを!! 自分で言っておいては何だが、とても恥ずかしくなった。先生は、ちょっとびっくりした顔をしたが、まじめな顔で、
「大和撫子ジャパン」
と一言ぽつりと言った。これは、ダジャレなのだろうか。
たしかに、私はサッカー少女で、大和撫子となでしこジャパンをかけたのかもしれない。でも、ここは、笑うべきところなの? 先生は普段あまりふざけたことを言わないから、なんだか突っ込みにくいな。頭の中で色々考えてしまった。
「結構、似合っていると思う。浴衣っていいな」
先生は私をおだてているのか、妙に優しい。こんなことを言われたのははじめてだし、普段あまり褒めることをしない先生が珍しい。
「先生って口数少ないから、ダジャレも下手だね」
こんな答えしかできない私は、語彙が貧弱としか言いようがないが。
すると、先生が目をすぐそばの店に向けた。
「射的かぁ。懐かしいな」
先生は射的を見て少年のように目を輝かせた。たった100円の射的だったが、先生にはとても魅力的に感じているようだった。
「死んだおふくろと子供のころに祭りに行って、射的をした思い出があるんだよな」
先生のひとことには重みがある。先生の家族との幼少の思い出は、もういない家族との想い出だ。これから、作ることはできない大切な想い出だ。なんだか、胸が熱くなった。
「やってみようよ」
私は、涙が出そうになるのをぐっとこらえて、射的のお店にむかって先生の腕をつかんだ。先生の肌のぬくもりを感じながら。慣れない下駄で歩く。下駄は重心を間違えると、すぐ転んでしまうという欠点がある。私は、下駄のワナに引っかかってしまった。
見事に転んでしまったのだ。痛いな。どんなに、着飾っても痛いものは痛い。そう思って、落ち込んでいると、目の前に手が見えた。これは、先生の手なのか? そうか、先生が腕を差し出してくれたのか。私は、先生に救われたのだ。その手につかまって、私はまるでお姫様になったかのように先生の腕につかまった。本当はずっとつかんでいたい手だ。その手を握り締めながら、射的のお店に向かう。
「下駄は転んで怪我をするから、履くもんじゃないぞ。この前まで骨折した人間が、また怪我したらどうするんだ。まったく」
そう言って先生は、射的を始めた。先生の射的の腕は、確かだ。とても慣れていて上手だ。射的をする姿ですらかっこいい。思わず見とれていると、景品を取ってくれたようだ。かわいいぬいぐるみだ。
「プレゼント、誕生日のお返し」
先生は優しい声でうさぎのぬいぐるみを私にくれたのだった。世界で一番幸せ者だと思えるほど、私の心をくすぐった。先生の笑顔は反則だ。世界一うれしいプレゼントだよ。一生大事にしよう、そう思っていると、花火大会が始まった。気づくと、さっきよりも人が増えていた。
サッカー部のみんなは、花火に見とれているのか、人も多くなり、はぐれてしまった。みんな夜空に釘付けだ。はぐれないように、先生のシャツをつかんだ。先生は気づいていると思うけれど、何も反応しない。人ごみの中で、私たちの距離はとても近くなったように思う。
花火は色鮮やかで、まるで今の私の気持ちを表しているかのようだった。
心地よい風と共に、隣には好きな人がいて。きれいな花火を見上げている。隣の先生の顔がとてもきれいだ。男の人に対して、きれいだと感じることは、はじめての経験だった。
花火大会のあと、メッセージがスマートフォンに届いていた。
『はぐれちゃったから、今日は解散しよう』
メンバーは何人かいたので、各々はぐれたようだった。
スマートフォンから目を離し、先生の顔を見上げる。
「はぐれたから、解散しようって。帰ろうか、先生」
「そうだな」
二人きりだが、はぐれたという口実ができたので、私たちは堂々と歩いていた。来る時よりも、帰るときの私たちの歩く距離は心なしか、近く感じた。
夏は昔から大好きだ。夏と言えば夏休み、夏祭り、花火、屋台と連想ワードは限りなくとめどなく浮かんでくる。
夏祭りの屋台に好きな人と行ってみたいとずっと前から思っていた。
ようやくその願いが叶うのだ。
今晩ばかりは、日本の女、大和魂を爆発させるんだから。先生、ちょっとくらい見とれてくれるかな。アップにしたうなじが女性らしさを感じてくれるかな。なんて淡い期待をしながら、伸ばしている髪の毛を束ねてアップスタイルにする。なんだか、いつもと違う感じかな。髪飾りだって、和柄のかわいいものを選んだ。先生は髪飾りなんかに目を止めないだろうけれど、でも、さりげなく、女の子らしいアピールをしたい。いつも、サッカーで汗だくで、日焼けしている私。元気な男の子みたいな部分ばかりみせているのだから、せめて、今日くらいは。浴衣は紺色に朝顔の柄のものを選んだ。この日のためにわざわざ購入したのだ。女性らしさをみせつけるために。
先生は、浴衣など持っていないので、Tシャツにハーフパンツにサンダルだ。なんともラフな格好である。先生はいつもと変わらず仏頂面で、顔色を変えない。異性というよりは保護者という感じの立ち位置だ。まぁ、私なんかに何も感じないだろうけれど、同じ部活の仲間も結構かわいい子もいるんだけど、それでも全然動じない。やっぱり女子高生にドキドキしているようでは、女子高の教師は務まらないのかもしれない。きっと、私のことも、浴衣着ているな、くらいしか感じていないと思う。ちょっとカラーリップを塗ったとか、ファンデーションを薄く塗ったとか、そういった変化なんか気づいてくれないと思う。でも、やっぱり、自己満足でも私は、背伸びをしたい。きれいでいたい。
お姉ちゃんは、美人だ。あの手のタイプが好きならば、私に勝ち目はない。だから、少しでも着飾るのだ。私らしくない一面かもしれない。体育会系ボーイッシュガールのすることではないかもしれない。でも、少しでも私を見てほしいから、私は慣れない下駄を履く。鼻緒と指がこすれて、痛くても下駄を履く。小物の可愛さで、かわいく見せようとするあざとい女に、いつからなったのだろう。
日がまだ長いので、夕方でもだいぶ明るい。まつりの騒がしさと私の中の、特別なドキドキが重なって、特別な胸の高鳴りが今日はあったのだ。夕暮れの美しい色合いの空に助けられた私は、思い切って、先生に話しかける。
「先生、わたがし買って、一緒に食べない? ひとりだと多すぎるからさ」
取ってつけたようないいわけだったけれど、不自然じゃなかったかな。ちょっと不安になる。
わたがしは思ったよりも大きくて、ふわふわしていて、白かった。まるで、夢の中の食べ物のようだ。ちぎって先生の口に運ぶ。まるで親鳥のような私。
「あーん」
なんていいながら、私は恋人気分に浸る。先生は従順に口を開けた。はたから見たら、母親と子供のようかもしれない。顔の距離が近いと私の心臓はもっと早くなる。まわりの友達も、わたがしやりんご飴などそれぞれ好きなものを屋台で買い始めた。下駄の音がカランコロン歩くたびに響き渡る。特別な音は今日は特別だという気分をさらに高めることとなった。
「金魚すくったよ」
仲良しのユミが見せてくれた。透明な水の中で生きている美しい魚だった。でも、こんな狭いところで泳いでいる金魚が少しかわいそうにも感じられた。お祭りの金魚は早く死んでしまうことも多い。長生きできる金魚もいるが、金魚をすくった人次第だったり、環境だったり……金魚の運命は運に左右されると感じた。ユミはきっとちゃんと育ててくれると思う。だから、君はラッキーだよ。幸運なんだよ。私は、金魚に無意識のうちに語り掛けていた。
そんな私のことを知ってか知らずか、ユミが、
「焼きトウモロコシ買ってくる」
というと一緒にいたサヨも「私も食べたい!!」と言って、その他のメンバーもなぜか一番遠くにある焼きトウモロコシを買いに行ってしまった。多分、そばを通った子供たちがおいしそうに食べていたこともあるだろうが、こおばしい香りが食欲をそそったことは一因だと思う。それが、幸運だったようにも思う。もしかしたら、恋の神様が味方したのかな。
二人だけの空間。沈黙が気まずい。元々先生は無口だ。だから、私が先手を切って話しかけることとした。
「今日の私、結構女らしいと思わない?」
私ったら、なんてことを!! 自分で言っておいては何だが、とても恥ずかしくなった。先生は、ちょっとびっくりした顔をしたが、まじめな顔で、
「大和撫子ジャパン」
と一言ぽつりと言った。これは、ダジャレなのだろうか。
たしかに、私はサッカー少女で、大和撫子となでしこジャパンをかけたのかもしれない。でも、ここは、笑うべきところなの? 先生は普段あまりふざけたことを言わないから、なんだか突っ込みにくいな。頭の中で色々考えてしまった。
「結構、似合っていると思う。浴衣っていいな」
先生は私をおだてているのか、妙に優しい。こんなことを言われたのははじめてだし、普段あまり褒めることをしない先生が珍しい。
「先生って口数少ないから、ダジャレも下手だね」
こんな答えしかできない私は、語彙が貧弱としか言いようがないが。
すると、先生が目をすぐそばの店に向けた。
「射的かぁ。懐かしいな」
先生は射的を見て少年のように目を輝かせた。たった100円の射的だったが、先生にはとても魅力的に感じているようだった。
「死んだおふくろと子供のころに祭りに行って、射的をした思い出があるんだよな」
先生のひとことには重みがある。先生の家族との幼少の思い出は、もういない家族との想い出だ。これから、作ることはできない大切な想い出だ。なんだか、胸が熱くなった。
「やってみようよ」
私は、涙が出そうになるのをぐっとこらえて、射的のお店にむかって先生の腕をつかんだ。先生の肌のぬくもりを感じながら。慣れない下駄で歩く。下駄は重心を間違えると、すぐ転んでしまうという欠点がある。私は、下駄のワナに引っかかってしまった。
見事に転んでしまったのだ。痛いな。どんなに、着飾っても痛いものは痛い。そう思って、落ち込んでいると、目の前に手が見えた。これは、先生の手なのか? そうか、先生が腕を差し出してくれたのか。私は、先生に救われたのだ。その手につかまって、私はまるでお姫様になったかのように先生の腕につかまった。本当はずっとつかんでいたい手だ。その手を握り締めながら、射的のお店に向かう。
「下駄は転んで怪我をするから、履くもんじゃないぞ。この前まで骨折した人間が、また怪我したらどうするんだ。まったく」
そう言って先生は、射的を始めた。先生の射的の腕は、確かだ。とても慣れていて上手だ。射的をする姿ですらかっこいい。思わず見とれていると、景品を取ってくれたようだ。かわいいぬいぐるみだ。
「プレゼント、誕生日のお返し」
先生は優しい声でうさぎのぬいぐるみを私にくれたのだった。世界で一番幸せ者だと思えるほど、私の心をくすぐった。先生の笑顔は反則だ。世界一うれしいプレゼントだよ。一生大事にしよう、そう思っていると、花火大会が始まった。気づくと、さっきよりも人が増えていた。
サッカー部のみんなは、花火に見とれているのか、人も多くなり、はぐれてしまった。みんな夜空に釘付けだ。はぐれないように、先生のシャツをつかんだ。先生は気づいていると思うけれど、何も反応しない。人ごみの中で、私たちの距離はとても近くなったように思う。
花火は色鮮やかで、まるで今の私の気持ちを表しているかのようだった。
心地よい風と共に、隣には好きな人がいて。きれいな花火を見上げている。隣の先生の顔がとてもきれいだ。男の人に対して、きれいだと感じることは、はじめての経験だった。
花火大会のあと、メッセージがスマートフォンに届いていた。
『はぐれちゃったから、今日は解散しよう』
メンバーは何人かいたので、各々はぐれたようだった。
スマートフォンから目を離し、先生の顔を見上げる。
「はぐれたから、解散しようって。帰ろうか、先生」
「そうだな」
二人きりだが、はぐれたという口実ができたので、私たちは堂々と歩いていた。来る時よりも、帰るときの私たちの歩く距離は心なしか、近く感じた。


