翌朝
「紅羽、顔色悪いぞ。大丈夫か?」
仕事前の一服をしていたお父さんが言った。
鋭い指摘にドキッとする。
「あ、いや…なんだか昨日眠れなくて…。ちょっと寝不足なのかも」
「夏場の寝不足は危険だからなぁ。気をつけろよ」
紫煙を吹かせ、大きくあくびをするお父さん。
眠たいのだろう。どこか間延びしたその言葉にうなずく。
幼いころに母親を亡くしている私は、お父さんと2人暮らし。
どうして亡くなったのか、いつ亡くなったのか。
私自身まったく覚えていない。
お医者さんが言うに、大切な人を喪った悲しみで記憶が抜け落ちてしまったのではないか、ということらしい。
とはいえ、記憶は失くしても現実は変わりはしない。
やり場のない失意に暮れた幼い私を、お父さんは励ましながら育ててくれた。
感謝は形にして返したい。
そのためにも、まずは大学受験が親孝行への第一歩だ。
「それじゃ、お父さん先出るな」
「うん、行ってらっしゃい」
お父さんは咥えていた煙草を灰皿に押しつけ、居間をあとにした。



