あなたの落とした願いごと

皆が私の所に来てくれるのなら、のっぺらぼうが蠢き、誰が知り合いかも区別出来ないこの状況でももう少し我慢出来るから。


このくらいの無理は慣れている。


そうやって自分に言い聞かせ、やっぱり何でもない、と言いたくて口を開いたのに、


『やっぱ、先にそっち行く』


彼の低い声に、先を越された。


「へ、…」


『買いたいのあったら先に買って待ってろ。合流したらすぐ4階行くから』


私の言いたい事が伝わったのか、それともただ単に考えを変えたのか。


一方的にべらべらと話し終えた彼は私に話す隙も与えず、じゃーな、と、電話を切ってしまった。



「えっ…?」


耳に押し当てたスマホから聞こえるのは、既に通話が切れた事を知らせる音のみ。


滝口君、先にこっちに来るって言ってたよね?


彼の言葉を頭の中で反芻する度、言い表せない程の安心感が私の身体を包み込んだ。


「大丈夫、…滝口君が来るなら、大丈夫」


まずは、彼が来る前に会計をしないと。


怖くない怖くない、もうすぐ私の知っている人に会えるんだから。


スマホを再びポケットに閉まった私は、震える手を伸ばして床に落としたハンカチを拾った。


ずっと下を見ていれば平気、あの醜いのっぺらぼうを見る事は無い。


自身を洗脳する勢いで“大丈夫”と心の中で唱え続けた私は、意を決して、妖怪しか居ない長蛇の列へと潜り込んだ。