あなたの落とした願いごと

私は誰の顔も見ないように俯き、震える足に何とか力を込める。


怖くない、皆私と同じ人間なんだから、顔が見えなくたって大丈夫。


エナの事は、自分で探せる。


「大丈夫、何にも、怖くない、」


一言一言、自分に言い聞かせるように何度も繰り返した私は、勇気を振り絞って再度顔を上げた。



けれど。


「うっ、」


やっぱり、私の脳は人の顔を見る事を頑なに拒否していた。


それは、いつもなら見慣れている光景のはずなのに。


(やだ、やだやだやだやだやだ、)


足元から身体中にかけて鳥肌が立ち、呼吸の仕方が分からなくなる。


ああ、胸が苦しい。


堪らずに持っていたハンカチを取り落とした私は、空いた手で棚を掴んだ。


こうしてトラウマが再発するのはいつぶりだろう、なんて考える暇もなく。


(お願い誰か助けて、此処に来て、動けない助けて助けて助けて、)


荒い呼吸を制御出来ない今、もしもう一度周りを見たら今度こそ過呼吸になる。


そう悟ってしまった私は、ただただ棚を掴む手に力を込めて固く目を瞑り、私の持つ病気がもたらした弊害と闘う他に為す術がなかった。



と、その時だった。


聞き慣れたスマホの着信音が、私のポケットから聞こえてきたんだ。


(っ…)


恐る恐る目を開けた私は、スマホに映る自分の顔を極力見ないようにしながら電話の相手を確認する。