あなたの落とした願いごと

知っている人が居ないこの場所で、ふと気を緩めると私が誰なのかも忘れてしまいそうで。


スマホで班員に連絡を取ればいい話なのに、すっかり気が動転していた私はそれすらも考える余裕が無かった。


顔の無い人々が私の横をすり抜け、誰も私の異変に気がつかないこの状況が、数年前の夏祭りに見た光景と重なった。


「はぁっ、はぁっ、…」


駄目だ、息が苦しい。


ずっと封印してきた過去のトラウマが、やけに大きく聞こえる心臓の鼓動と共に鮮明に蘇った。



あの時も、今と同じだった。


気がついたら私は独りぼっちになっていて、道行く妖怪が恐怖を倍増させて。


その時の私の状態と言ったら、泣き叫ぶなんてものでは済まされなかった。


最早自分までも見失いそうで、誰が誰だか分からないこの現実から逃れたかったのに、目を瞑っても開いてもそれが変わることは無かった。


あの日、私の手を引いて迷子センターに連れて行ってくれた男の子が居なかったら、きっと私は怖さの余り卒倒していただろう。


あの子に感謝を伝えたかったのに、

結局、パニックに陥っていたのと顔が分からなかったせいで、ありがとうの一言も伝えられていない。


そして私はあの日を境に、人混みを極端なまでに避けるようになったんだ。



「っ、いやぁ、…」


もう高校生なんだからしっかりして、私。