でも、いつもは何も見えないはずなのに、彼女が私を睨みつけているという事実が分かってしまったから、その時の私は半分気が動転してしまっていたんだ。


「は?意味分かんない」


あっ、と我に返ったときにはもう遅く、


私にそう吐き捨てたその子は、フンッ、と鼻を鳴らして足早にテニスコートの方に立ち去ってしまった。



(あー最悪、やっちゃった…)


その姿をぼんやりと眺めていた私は、気を取り直してポカリを作る作業を再開させながら心の中で深く反省する。



私は、服が変わっただけでもその人が誰だか分からなくなる事がある。


さっきの人だって、もしも朝と同じ服装で話し掛けてきてくれれば誰だか分かったのに。


「はぁー、本当ついてない」


溜め息をついた私が思い出すのは、先程見た黒髪ショートカットとキラキラのピン。


そして、滝口君を“王子”と呼んでいた事。


「…あ」


ジャグの蓋を閉めたのと時を同じくして、パズルのピースがはまった感覚がした。


「さっきの子、福田さんじゃん…」


それと同時に私の口をついで出た最悪な台詞を思い出し、顔から血の気が引くのを感じる。


もしかして福田さん、滝口君からあだ名を付けてもらった私の事を勝手にライバル視しているのではないだろうか。


それで私に話し掛けてきたのに、私は、


「『あなた、誰ですか』って……!」


気が動転して、酷過ぎる返答をしてしまったんだ。


「最悪だ、終わった…」


人の恋愛トラブルに巻き込まれるのだけは勘弁して欲しいのに、こんな事になってしまうなんて。


しかも先程の私の対応なんて、事情を知らない人からしたら完全なる嫌な女の態度そのものだ。


「…どうしよう、早く謝らないと…!」


彼女の嫉妬深さと自分の醜態ぶりに一瞬で両腕に鳥肌が立ったのを感じた私は、最早ジャグを運ぶ程の余裕もなく、

滝口君のファンの声援をBGMに、暫くその場に立ち尽くしていた。