(青木君。色黒で陸上部、背は高くて、黒の大きな腕時計。伊藤さんは…)


出来るだけ周囲の人に怪しまれないように、素早く正確に。


話している人を観察してはメモを取り、また観察してはメモを取り…。


今のうちに最低限の特徴を押さえておかないと、後々席替えの時に大変な事になるのは過去の経験から学び済みだ。


(次、岸本君…)


「ねえ、さっきから何してんの」


どんどん進んでいく自己紹介に負けじとペンを走らせていると、突如隣から指で机を叩かれた。


「えっ」


驚いて右を向くと、滝口君の顔が真っ直ぐにこちらを向いていて。


綺麗な低音のその声は、瞬く間に私を優しく包み込んだ。


「ああ、私人の顔と名前覚えるの苦手だから、手帳にまとめてるんだ」


決して嘘はついていないその答えに、少しの罪悪感を染み込ませる。


だって、幾ら記憶力がアテにならない人でもこんな大それた真似はしないだろうから。


「ふーん」


それなのに、滝口君は棒読みの返事をした後、頬杖をついて前を向いてしまって。


「…なるほど、だから俺の事も知らなかったのか」


私に聞こえないようにボソッと呟いたつもりだろうけれど、君からの皮肉はしっかり聞こえてるよ。


掴みどころのない性格の彼に対してどう対応していいか分からずに心の中でそう呟いた私は、気を取り直して再び手帳にペンを走らせた。