あなたの落とした願いごと

ああ私、冗談抜きで迷子なんだ。


そう考えるだけで過去の記憶に支配され、また息が出来なくなる。


「っ、くっ、…」


駄目、二酸化炭素を吐く事を意識しないと。


浅くなる呼吸をコントロールしようと、胸に手を当てて浴衣をぎゅっと握りしめた。



その時だった。


下を向いている私でも分かる程に視界が開け、周りから一切の音が消え失せた。


自分の近くを歩いていた人々の気配も消えているし、明らかに広い場所に出たとしか思えない。


今なら、周りを見渡して場所を確認しても大丈夫かもしれない。


そう感じた私は、胸を手で押さえて呼吸を意識しながら、ゆっくりと顔をあげた。



「あっ、山車だ…!」


ぼんやりとした視界にピントが合い、私が捉えたものは音楽を演奏していた人が居なくなった山車だった。


良かった、1人でここまで辿り着けた。


さっきは、その山車の前に宮司さんが立っていた。


それらしき人影は見えないか、と目を凝らすと、


「あれ、宮司さんかな?」


つい先刻とほぼ同じ位置に、横を向いて立っている宮司さんらしき人を見つけた。


遠くから見ても姿勢が良いあの立ち姿は、宮司さんと断言して大丈夫だろう。


祭囃子が行われていた時は明かりもついて華やかな雰囲気だったけれど、花火大会が近付いて全員が撤収してしまったらしい今は、山車ごと夜の闇に飲み込まれてしまいそう。