あなたの落とした願いごと

(だからって、私、滝口君の下駄の色なんて覚えてないよ…)


屋台と木の間で、私は静かに頭を抱えた。


辺りは騒々しいし、電話をしても着信音が掻き消されてしまうに違いない。


顔を上げられないこの状態で、何を目印に彼を探せばいいんだろう。


声と、周りの雰囲気と…


「あ!」


ある事を思い付いた私はぽんと手を叩き、その拍子に人の顔を見てしまって慌てて目を逸らした。


先程山車の前で見かけた、宮司さんが居るではないか。


滝口君の父親なら、彼がこういう時に行きそうな場所を知っているかもしれない。


最悪でも、山車まで辿り着ければそれ以上は迷わずに済むだろうし。


自分に気合を入れるように手で拳を作った私は、俯いたまま一歩踏み出した。


周りの音に耳を澄ませて、視界に人の顔が入らないように注意して。


涙を拭って鼻を啜った私は、元来た道を必死で戻って行った。



滝口君が私の隣に居ないと分かった瞬間、私は彼の存在自体を頼りにしていた事に嫌という程気付かされたんだ。


そんな事を、覚束無い足取りで前に進みながら考える。


トラウマが蘇って泣いたせいで頭が痛いし、今は落ち着いたといえ、いつあの黒く不気味な感情がぶり返すか分からない。


滝口君に会って、ちゃんと笑えるかな。


彼が居ないと笑えないしまともに歩けないし、何よりこの恐怖心を拭えない。