あなたの落とした願いごと

「私だって分かるも、ん…あっ、」


いつかと同じ様に言い返そうと彼の手に力を込めた時、

山車の手前に立つ、見知った人の存在に気が付いた。


平日は毎日鳥居の掃き掃除をしていたその人は、夏祭りのこの日も同じ服を着ているから一目瞭然。


「あの人、滝口君のお父さんの宮司さんだよね?私、たまに見掛けるよ!」


普段は人を当てる時は慎重になるけれど、今回ばかりは自信を持てる。


現役の宮司さんは他の観光客と話していて、私達の存在には気付いていないようだ。


「私、挨拶してこようかな」


毎朝参拝していた少女が滝口君と面識があると知ったら、宮司さんは何て言うだろう。


そもそも私と宮司さんは挨拶以外まともに話した事がないから、今日が会話をする良いチャンスかもしれない。


キラキラした顔で滝口君の方を見たのに、



「…行くな」



何故か、彼は狐のお面を真正面につけ直していた。


「えっ…何で、」


滝口君の声は、まるで私と初めて会話した時のように冷え切っていたんだ。


「とにかく、行かなくていい」


滝口君が真剣な口調でそう言い、私の方を向く。


彼の顔は狐のお面で覆われていて、

針のように鋭い目が私を射抜いたのが、はっきりと伝わった。


それは突然の事で、あんなに暑いと思っていたのに背筋がぞくりとする。