あなたの落とした願いごと

その人…滝口君の低くて芯のある心地良い声が、波紋のように広がって耳に残った。


(たきぐち、くん…)


まさか、これ程までの人気者が私の隣の席だなんて。


彼が自己紹介をした事により、遠巻きにこちらを眺めていた人達は何やら興奮しながら囁きあっている。


先程取り巻き達が静まり返ったのはてっきり空良君の大声に驚いたのだと思っていたけれど、多分教室に入ってきた人が滝口君だった事に驚いていたんだろう。


(でも良かった、優しそうな人だ)


何せ私は表情が読み取れないから、声のトーンと口調で相手の気分を推し量る事しか出来ない。


てっきり自分の人気を鼻にかけて天狗になっているのかと思ったけれど、この自己紹介の仕方を見る限りそういうわけでも無さそうだ。


大丈夫、この人は人気者だしきっと覚えていられる。


隣の席の人に関する新たな情報を頭の中のメモ帳に追加した私が、


「こちらこそ、よろしくね」


と、軽く頭を下げると。


「お前、最初俺が誰か分かんなかっただろ」


信じられない事に鼻で笑われた。


「…え?」


予想もしていなかったその反応に、素っ頓狂な声が漏れる。


私が彼の事を瞬時に“あの”滝口君だと見分けられなかった事は、そこまで重大な過ちなのか。


ああもう、こういう時に彼の表情が分かればいいのに。