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カラオケなんて初めて行きましたけど、案外楽しかったです。
けど、私も葉月君もプロの祓い屋。遊んでばかりはいられません。

カラオケに行った次の日曜日。 私達は朝から町の外れにある廃ビルに来ていました。

取り壊しの決まっていたビルなのですが、諸事情で工事が始められずにいて、その間一人のホームレスの男性が、ビルの中に住み着いたのです。

だけど、忍び込んだのが夏だったのがいけなかったのでしょう。
男性は熱中症にかかって命を落とし、それ以来ビルを壊そうと工事をする度に、事故が起こるのだとか。

「勝手に中に入って、今度は勝手に呪う。ずいぶん自分勝手な幽霊がいたものだね」
「何にせよ、成仏できないでいるなら解放してあげないと。あ、いました。あそこです」

私達がいるのは、割れた窓ガラスから冷たい風が吹き込む、二階の廊下。
そして前方には、ボロボロの服を着たホームレスの幽霊が、ゆらゆらと浮いていました。

土地や建物に住み着く地縛霊は、こっちから近づかなければ何もしてこない事が多いのですが、テリトリーに入ると襲ってくる傾向があります。

どうやら彼も例にもれないようで、私達を見るなり目を見開いて突進してきました。

「ヴァァァァッ! ここから出て行けー!」

出て行けって。勝手に入ってきたのはあなたの方でしょう。
呆れていると、葉月君が前に出ます。

「やる気満々だね。けど力は大したことなさそうだし、突っ込んでくるだけなら楽なものさ。天に星、土に命、還りたまえ――滅!」
「ギャァァァァッ!?」

葉月君の攻撃を受けて、声をあげて地面に尻餅をつくホームレス。
どうやら彼の言った通り、大した相手ではなさそう。
さあ、後は浄化すれば除霊完了です。

私は座り込むホームレスの幽霊に、手をかざします。

「や、やめろー! 何をする気だー!?」
「大丈夫、怖くないですから、落ち着いてください。迷う者、荒ぶる魂、鎮まりたま……ぶぁっ⁉」

これで勝負はつくはずだったのに。突然顔に何かが被さってきて、視界が奪われました。

ホームレスの霊の攻撃? いいえ違います。
割れた窓から一枚の紙切れが飛んできて、私の顔に張り付いたのです。

「何もこんなタイミングで飛んでこなくても……ふう、取れました。って、霊はどこへ?」

キョロキョロと辺りを見ると、「ひぃー」と声をあげて逃げて行く、ホームレスの霊の後姿を見つけました。
こら、待ってください!

「階段の方に逃げた。トモ、早いとこ後を追おう」
「はい――きゃっ!?」

追いかけようと駆け出した矢先、何かに足をとられて床にダイブしてしまいました。

咄嗟に手をついたので、顔を強打しなくてすんだけど、足元を見てみると空き缶がコロコロと転がっています。

「大丈夫? 怪我してない?」
「はい。もう、いくら使われていないビルでも、廊下にゴミを置いとくなんて」

恨みのこもった目で、空き缶を見つめます。さっき飛んできた紙といい、今日はついてない……あれ?

空き缶を目で追っていましたけど。自分の足を見て驚きました。
だって私の足首には、何やら黒いモヤがまとわりついているじゃないですか。

なんだか、悪いものを感じる。これは、さっきの幽霊の攻撃?

「トモ、どうしたの?」
「葉月君、実は足に何か……あれ?」

言おうとしたその時、モヤはまるで霧が晴れるように、四散して消えてしまいました。今のはいったい?