水原さんは俺から目をそらすと、見えない寺田の幽霊に話しかける。

「アナタも、罪を犯す必要なんてないのです。納得できない事情があるのなら、目覚めた後で改めて考えましょう。今からアナタを、元の体へと送ります」

――っ、待て!

「迷う者、荒ぶる魂、鎮まり……」
「待てぇぇぇぇっ!」

冷めていた頭が再び熱くなり、俺は無我夢中で水原さんを床に押し倒した。

「———っ! 何をするのです⁉」
「お前が……お前が悪いんだ。余計なことをするから。寺田が死んでくれれば、それでよかったのに!」
「アナタは人の命を、何だと思っているので――痛っ⁉」

考えるよりも先に、俺の手が彼女の頬を強く叩く。

ヤバい。殴ったのはまずかったか? 
いいや、言うことを聞かないコイツが悪いんだ。

そう自分に言い聞かせながら、今度は苦痛で顔を歪める水原さんの首へと両手を伸ばす。

「止めて……くだ……さい。こんなことをして……も、アナタはいずれ捕まりま……すよ」

うるさい、今更止めるわけにはいかないんだ。
だいたいお前が悪い。止めろと言ったのに、余計なことを聞いたからこうなるんだ。

首を絞める手に、グッと力が入る。
そうだ、俺は悪くないんだ。

ワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルク……。

「除霊キィィィィック!」
「がっ⁉」

首を絞める中、突如頭に衝撃が走った。

首がちぎれるんじゃないかと思うくらいの一撃を受けた俺はそのまま後ろにぶっ飛び、仰向けになって倒れた。

な、なんだいったい……あっ!

痛みを堪えながら体を起こすと、いつの間に部屋に入ってきたのか。
そこには鬼の形相で俺をにらむ、女が一人……いや、違う。

それは一見すると、怒ってさえいなければさぞ可愛いであろう美少女だったけど、よく見ると服もズボンも男物。
水原さんと同い年くらいの、少年だった。

な、何なんだコイツは。
そういえば水原さん、後で先生が来るって言ってたっけ。コイツがそうなのか? 
さっき聞いた感じじゃ、もっと大人だと思っていたんだが。

混乱する俺をよそに女のような少年は、さっきまで首を絞められていた水原さんを見る。

「大丈夫、トモ?」
「げほっ、げほっ!」

喉を押さえながら、ゲホゲホと咳き込む水原さん。
だけど少年の顔を見るなり、彼女は目を見開いた。

「えっ……ど、どどどどうしてっ⁉」
「良かった、意識はハッキリしてる。どこか痛い所はない?」
「へ、平気です。それより、どうしてアナタがここにいるのですか、葉月くん⁉」

まるで俺のことなんて忘れたように口をパクパクさせながら、水原さんは少年を見つめた。