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やめろ……やめろ……もう勘弁してくれ!

アイツが俺の前に現れるようになってから、毎晩が地獄だ。

異変が起きたのは一週間前。
あの日、アパートの自分の部屋で寝ていた中寝ていた俺は夜中に急に息苦しさを感じて、目を覚ました。

目を開けた先には、見知った自宅の天井があるはずだった。
だけどそこにあったのは重力に逆らい、ふわふわと宙に浮いているアイツの姿。

呆然とする俺を、ヤツは氷のように冷たい目で見下ろしながら、ゆっくりと口を動かした。

……ユルサナイ。

俺は恐怖のあまり再び意識を失い、次に目覚めた時には外が明るくなっていた。

寝間着は汗でグッショリ濡れていて、長い間眠っていたのに、かえって疲れたよ。
だけど、悪夢はそれで終わりじゃなかった。

それから毎晩のように、アイツが夢に出てくるじゃないか。
耐えきれなくなった俺は、この事をその道のプロに相談することにした。科学では解明できない心霊現象の専門家、『祓い屋』に。

本当は相談するか、最後まで迷ったよ。
アイツとの関係を、知られたくなかったから。だけど背に腹は変えられず、苦渋の決断だったのだが……。

「なるほど、わかりました。話を聞く限りでは、その霊は大場さんに取り憑いていると見てよさそうですね」

俺の部屋で話を聞いてやって来た祓い屋が頷いている。
しかし俺はさっきから、やって来た彼女を見て思っていた。

この子がプロの祓い屋? それにしちゃあ、若すぎないか? 

どこかの学校の制服を着て、髪をツインテールに束ねた女の子、水原知世さん。
見たところ、どう見ても中学生くらい。それどころか小柄な体格もあり、制服を着ていなかったらもしかしたら、小学生と間違えていたかもしれない。

泣く泣く祓い屋を宿ったけれど、本当にこの子に任せて大丈夫なのか?

「大場さん、どうかしましたか?」
「ええと、君中校生くらいだよね。若いのに、もう働いているのかと思って」
「それは私が、頼りなさそうと言うことでしょうか?」
「いや、その……」

図星をつかれてしまったが、彼女は気を悪くした様子を見せない。

「よく言われます。けど、ちゃんとお祓いはできるのでご安心を。それにもう少ししたら、私の先生も合流することになっていますから」

その先生と言うのは、口ぶりからして大人なのだろう。
だったらその人が来てくれるまで、お祓いは待ってもらうか?
いや、まてよ……。

「失礼なことを言ってゴメン。けど君、ちゃんとお祓いはできるんだよね。だったら今すぐ始めてくれないかな」
「今すぐですか? でも、先生が来てからの方が安心なのでは?」
「いや、君も腕は確かなんだろう。頼む、もう限界なんだ。一刻も早く祓ってくれ」
「まあ、そこまで言うのなら」

よし、上手くいった。

だますみたいで悪いけど、この件に関わる人間は少ない方がいいのだ。
あの事に、気付かれたくないからな。

ちゃんと祓ってくれるなら、この子でも構わない。

「ではいくつか質問させてもらいますけど、夜な夜な現れるのは二十代くらいの女性の霊で間違いありませんね」
「ああ。髪の長い、ベージュ色のジャケットを着た女の霊が、毎晩現れるんだ」
「取り憑かれたことに、心当たりはありませんか?」
「な、無い無い無い! あんな女のことなんて、俺は何も知らないんだ!」

言いながら、背中に汗が流れる。頼むから、余計な詮索はしないでくれよ。