マズイ、マズイ、マズイ! 
やっぱり、遊び半分で来るんじゃなかったんだよ。

わたしは慌てて、ケンタくんの服の裾をつかんだ。

「ねえ、もう帰ろう。お地蔵さまも見たんだし」
「なんだよ、まだ来たばっかりじゃねーか。へへ、本当に幽霊が出るか、確かめてみようぜ。蹴っ飛ばしたら出てくるかな?」

止めて!
ケンタくんにはモヤが見えていないのだから分からないだろうけど、それにしたって蹴飛ばすなんてとんでもない。

「ダメだってば。このお地蔵さまは、本当に危険なものなの。蹴ったりしたら、何が起こるかわからないよ」
「うるせえっ、邪魔するな!」
「きゃっ!」

乱暴に突き飛ばされて地面に尻餅をつく。さらにケンタくんは、そんなわたしを冷たい目で見下ろしてくる。

「危ないって言ったな。だったらよ、俺が蹴って何も起きなかったら、お前はウソつきってことだ。おいお前ら聞いたな、実験してみるからしっかり見とけよ」
「おおー、いいぞー」
「やれやれー!」

誰もわたしの言う事なんて本気にしてくれない。
そしてケンタくんはそのまま、わたしが「止めて」と叫ぶのも聞かずに、黒いモヤの漂うお地蔵さまを蹴っ飛ばした。

「―—ひぃ!」
「なんだ、ビビってるのか? けど何も起きねーじゃねーか。おい、お前らもやってみろよ」

悲鳴をあげたわたしをよそに、首無し地蔵をゲシゲシと蹴っていく男子たち。
みんなはあのモヤが見えないから、こんなことができるんだ。

やがて蹴り飽きたケンタくんたちは満足したように振り返り、わたしを囲んできた。

「ほら、何もなかっただろ。やっぱりお前はウソつきだったって、明日学校で言いふらしてやるからな」

ケンタくんはそう言ったけど、わたしはそれどころじゃなかった。

彼の後ろ。首無し地蔵の周りにあった黒いモヤが、形を変えはじめたのだ。

さっきまでふわふわと漂っているだけだったそれは、狼のような形を作る。
身体は煙みたいにふわふわとしていて実態はおぼろ気だけど、顔には鋭くて真っ赤な目がはっきりと現れて、こっちをにらんできた。

あ、あれはマズイ。に、逃げなきゃ。

直観的に危険を察っしたけど、怖さで思わず足がすくむ。 そしてわたしが動くよりも早く、モヤが化けた狼が駆け出した。

標的となったのは、真っ先に首無し地蔵を蹴ったケンタくん。

狼は大きく口を開けて、彼の背後から飛びかかろうとしているけど。
その姿を見ることのできないケンタくんは気づいていない。

「だ、ダメーっ!」
「うわっ!?」

わたしは無我夢中でケンタくんに体当たりして。突き飛ばされた彼は、さっきのわたしと同じように、地面に倒れこんだ。