「い、今のは何だったの? それに、あんたはいったい……」
「私は一年四組の水原知世。ただの祓い屋です」
「は、祓い屋?」
「はい。お気づきかもしれませんけど、さっきの彼女は人間ではありません。二年前のマラソン大会で事故に遭い、以来ずっとゴールできないまま一人で走り続けてた、孤独な魂です」

やっぱり、そうだったんだ。
祓い屋だという水原さんの事も気になったけど、それ以上に胸を突いたのは、ずっと独りで走り続けていたという彼女のこと。

二年間ゴールできずに一人ぼっちだった彼女は、いったいどんな気持ちだっただろう。

一緒に走ろうって声をかけてきたのは、一人じゃ寂しいから? 
もしそうだったら、あんな意地悪言わなかったのに。

「あたし、余計な事したのかなあ」
「知らなかったのですから、仕方がないですよ。けど彼女も、怒っていないと思います。きっと今ごろ病院で目を醒まして、ゴールできた喜びを家族と分かち合っているはずですよ」

だといいけど……って、へ? 病院って。
「ちょっと待って。あの子幽霊だったんじゃ? 成仏して、あの世に行ったんじゃないの?」
「実は彼女、生霊だったんですよ。生きているのに魂が体から離れた状態をさします。もっとも彼女は自分が亡くなっているものと、勘違いしていたみたいですけど」
「体から離れるって、それって大丈夫なの?」
「大丈夫ではありませんね。そのせいで本体は目を醒ますことなく、寝たきり状態でした。ですが一年のうち今日だけ、マラソン大会の時だけ姿を現すと言う情報をつかんだので、祓い屋である私が来たのです。ちゃんと体に帰しましたから、もう安心ですよ」

水原さんの言うことが全部わかったわけじゃないけど、生きてるってことでいいのね。
だったら今度、お見舞いに行こうかな。怖い思いはしたけど、一緒に走った仲だもんね。

そんなことを思いながら、立ち上がって汚れを払っていると。

「こらー、水原ー! お前何をやってるかー!」

見れば後ろからは他のランナー達が走ってきていて。それに何故か体育の先生まで、鬼の形相でこっちに駆けて来てる。

けどランナーはともかく、なんで先生まで?

そして水原さんの方を見ると、こっちはひどく青ざめた顔をしていた。

「先生怒っているみたいだけど、どうしたの?」
「それは……。し、椎名さんが悪いんですよ。霊に目をつけられたって分かったから守ろうとしたのに、一人で先に行っちゃうから」

えっ、水原さんが一緒に走ろうって言ったのって、あたしを守るためだったの?

「私、走るの苦手だからどんどん離されて。仕方なく、アレに乗って追いかけてきたんです」

水原さんの指差す先にあったのは、何と自転車だった。

ちょ、ちょっと待って。
つまりあたしを助けるために自転車に乗って駆けつけてくれたけど、そのせいで先生が怒ってるってこと?

「だから一緒に走ろうって言ったのにー!」

さっき霊を祓っていた時の力強さが嘘みたいに、涙目になる水原さん。
だけど先生は許してくれなくて、彼女はいったん学校まで戻され、一から走り直すことになっちゃった。

「あの、先生。私さっき全力で自転車を漕いで、除霊もしたばかりでへとへとなんですけど」
「何をわけのわからんことを言ってるんだ! いいから走らんと単位をやらんぞ!」
「そんなー!」

問答無用で連行されて行く水原さん。

えーと……ゴメン! 
事情を知っていたら、さすがにペース落として一緒に走ってたわ。

だけど今さらどうしようもなく、ただ見送るしかできずに。
その後あたしはマラソン大会で優勝することはできたけど、最後に虫の息になりながらゴールする水原さんを見ると、とても喜ぶ気にはなれなかった。