「……くら、桜!? しっかりしろ!」

 揺すられて目を開けると、お兄ちゃんの顔が目の前にあった。

「大丈夫か?」

 額には濡れタオルが乗せてあった。部屋は薄暗く、常夜灯の電球が光っているだけ。

「ん!!」

 私は両腕を伸ばして、抱きついた。

「やだ……! 一人は嫌だよぉ!」

「どうした。俺はここにいるだろ?」

 私の涙と汗でびっしょりの顔を拭いてくれながら、さっき見ていた夢の話をした。

「お兄ちゃん、そのうち私を置いていっちゃうから……、怖くて……」

「怖い夢を見たんだな」

 お兄ちゃんは私を抱きしめて、頭を撫でてくれた。

「熱、だいぶ下がったな。良かった」

 パジャマも下着も汗でびっしょりだ。でも、重かった体がだいぶ楽になっている。

「でも、それはいつかは来ちゃう日です。私はそれまでに強くなる必要があるんです」

 お兄ちゃんの顔が見られなかった。

 幸せになるお兄ちゃんを邪魔しちゃいけない……。





 何故、こんなことを急に思うようになってしまったのか。

 今週、お兄ちゃんが同じ年齢くらいの女の人と店に入ってきた。

「来週末、出かけるんですよ」

「そうなんですか。楽しみですよね」

 その場はなんとかやり過ごして、後で問い詰めてみると、大学生時代の同級生なんだって。

 その女性、桃葉(ももは)さんと比べれば、私なんてどこも勝てるところがない。

 あの姿を思い出す度に、私の器の小ささばかりが思い出されて。


 その事が、私の風邪気味の体に追い討ちをかけた。

 お兄ちゃんを好きな人がいる。頭のなかが混乱する。本当ならおめでたい話だよ。でも、納得できない自分がいる。




「桜は桃葉さんのことを言ってるのか?」

「だって……、私は何も……」

 お兄ちゃんは、ベッドの私をぎゅっと抱き締めた。

「桜、俺はお前を一人にはしたくない」

 頭の上から、はっきりと聞こえた。

「え……?」

「もう少し、待っていてくれないか?」

 フル回転できない頭の中に、色々な模様が流れる。どういう事なの?

「お兄ちゃん……?」

「桜、とにかくもう少しだけ待っていてくれ」

 よく分からないけど、でもお兄ちゃんが私に何かを伝えたいことは分かった。

「分かりました。待ってます」

「桜……」

「でも、いつまでもは待てませんよ?」

「分かってる」

 お兄ちゃんは私の額に手を当てて、安心したように頷いた。

「よかった。熱が下がったな」

「その分、汗びっしょりです」

「ちょっと待ってろ。体を拭いてやる。着替えの用意だけしとけよ」

「はい」

 お兄ちゃんが階段を下りていく。

 ベッドからなんとか立ち上がり、替えのパジャマと下着を取り出す。

「お待たせ。自分でやるか?」

 お兄ちゃんはタオルと一緒に洗面器にお湯を入れて持ってきてくれた。

「お兄ちゃん、やってもらえますか?」

「いいのか?」

「妹の世話は嫌ですか?」

「ニヤニヤしながら言うな。本当にいいんだな?」

「はい、お願いします」

 床に座り、パジャマと上の下着を脱いだ。

 お兄ちゃんは丁寧に上から汗を拭き取ってくれる。

「久しぶりだよな。小さい頃はよくやったけど」

「そうですね」

「恥ずかしくないか?」

 小さい頃に熱を出した私のことを、いつもお兄ちゃんが着替えさせてくれたんだもの。恥ずかしい気持ちよりも懐かしい気持ちの方が強い。

「大丈夫です。昔のようにお願いできますか?」

 私はお兄ちゃんお顔を見上げてお願いすることにしたの。