とある戦場。
スティーブ少佐は、急ごしらえの司令部の門を潜った。
彼は、裸電球一つの暗い部屋の奥に座るモルガン中佐の前に進み出た。
モルガンは、幽霊を見た様な驚きの表情でスティーブを見つめた。
今スティーブは前線で作戦を展開中のはずだったからである。
「スティーブ少佐であります。ご報告いたします。本日、前線にて展開中の部隊を撤収し、帰還致しました」
「貴様! 一体何を言っているのだ!」
戦況はこちらにとても良い状態で、今日中に相手の本拠地を制圧出来る見通しだった。
「申し上げた通りです」
「つまり、敵がここまで追って来ている可能性があると言う事か?」
「そのはずです、中佐」
「バカな!!」
モルガンは驚愕して将校達に外の様子を見に行かせた。
「我々の運命は、主のみぞ知る所です。さぁ、一緒に祈りましょう」
モルガンは憮然として黙っていた。

様子を見に行った将校達が戻って来た。
「敵の追跡は認められませんでしたが、警戒線を張って置きました」
結局その日もその後も敵は攻めて来なかった。

これは後世に絶賛伝えられる事になった「スティーブ少佐の追跡」の話である。
前日、スティーブ率いる部隊は敵陣地の特定に成功、5マイル手前まで前進していた。
敵も最後の砦であったので必死であった。
スティーブ隊がいよいよ3マイルに近付いた時、集中砲火を浴びせて来た。
弾の当たらない兵士達もバタバタと倒れ出した。
この時の為に温存しておいた、毒ガス爆弾が使用されたようである。
見る見る兵士が倒れてゆき、あわや全滅の可能性すらあった。
毒ガス爆弾保有の情報を掴んでいなかったスティーブはうろたえたが、気を取り直して撤退命令を出した。

敵の追撃の様子は無かった。
反撃部隊を編成する余力も無いのであろう。
スティーブ隊は、全軍、前線野営基地に引き返した。
毒ガスで兵の3分の2を失っていた。
本営に毒ガス被害による一時撤退を報告すると、ややあってから、野営基地にモルガンからの指令が来た。
「少佐どの、モルガン中佐から指令です」
「うむ」
「明朝9時、こちらに増援兵を送るので、徹底攻撃にて殲滅せよ!」
「分かった、今日は十分休む様に皆に伝えてくれ」
「はっ!」

スティーブは、毒ガスにやられた兵士を見舞った。
「助かりそうか?」
「助かる者とそうでない者がおります」
「そうか、助からない者には正直にそれを伝えて、家族に遺言が書けるようにしてやってくれ!」
「分かりました」
一人の参謀がスティーブに近付いた。
「少佐、明日の為の作戦会議を間もなく始めたいと思います」
「すぐ行く」
壕の上に板を乗せただけの会議室には主だった面々が集まっていた。
まずはスティーブが口を開いた。
「条約違反の毒ガス使用について確認したか?」
「使っていないと言い張っております」
「作戦の延期については検討したか?」
「本営との交渉は試みましたが、相手が最後の砦と言う事もあり、明日の総攻撃は覆りませんでした」
「今日と同じく、多数の犠牲が出るな」
「はい、明日は我々将校が先頭に立たなければ、兵士達は誰も付いて来ないでしょう」
「明日は私が先頭に立つ」
「はい、防護服が届いておりますので着用お願いします」
「何着ある?」
「15着です」
「少ないな、では4マイル地点まで全軍前進、精鋭15名で突撃、後方部隊は砲撃で援護」
「了解しました、15名を選別しておきます」
「解散!」