「…あの、お手洗いに行きたいんだけど」
私たちの間にいた姫巫女がおずおずと右手を挙げる。
姫巫女がここを離れる場合、守護者が必ず1人は姫巫女と一緒に離れなければならない。
だからこその姫巫女の申請だ。
ここでの生活はそういうものだから。
「かしこまりました。ではどちらを同行させますか?」
私は丁寧に姫巫女にそう伺う。
「…今回は紅ちゃんにお願いしようかな」
すると姫巫女は可愛らしく微笑んで私を指名した。
蒼がいないからどちらでもよかったのだろう。
「かしこまりました。では行きましょう」
「うん」
私に手を貸されながら姫巫女が大きな椅子から降りる。
降りてから姫巫女は私に聞こえるくらいの声で「ありがとう」と呟いた。
*****
会場を出て、姫巫女の後ろをいつものように歩く。
決勝前だということもあって通路内には私と姫巫女以外誰もいない。
先ほどの会場内の熱気が嘘かのように静かだ。
「ねぇ、紅ちゃん」
「はい」
「私と紅ちゃんの違いってなんだろうね」
私の前を歩く姫巫女の穏やかな声が私に問う。
姫巫女の表情をこちらから確認することはできない為、何を求められているのか全くわからない。
だが、答えならいくらでも言える。
違いなんてありすぎているからだ。
「…境遇とかですか」
一つ、1番の違いを私は口にしてみる。
すると姫巫女は足を止めた。
「そうだね。紅ちゃんの方がずっと蒼くんたちと一緒だったもんね。だからきっと強い絆で結ばれているんだよね」
「…」
「私も同じようになれたらな」
前を向いたままの姫巫女の声はどこか寂しそうで。
こちらから見えていないだけで静かに涙を流しているのではと思えるほど切なげな雰囲気がある。
ないものねだりだ。
隣の芝は青く見えるもの。
姫巫女は何でも持っているくせに唯一持てていないものを欲しがっている。



