だが、私の1度目の記憶と目の前にいる蒼の行動は全く違った。
蒼は突然自分の右手に風を集め始めたのだ。
そしてその風はちょうど椅子の空いているスペースにすっぽりと収まりそうな大きなクマのぬいぐるみを運んできた。
一体どこから運んできたのかわからないそれを蒼は風を操り、そのまま姫巫女の隣に降ろした。
「どうですか?これなら寂しくはないですよね」
王子様の如くふわりと笑う蒼に姫巫女の表情が一瞬だけ固まる。
しかしそれはほんの一瞬ですぐに姫巫女は頬を染めて嬉しそうに笑った。
「ありがとう。蒼くん。この子かわいいね」
自分の隣に座っているクマのぬいぐるみを愛おしそうにぎゅうっと姫巫女が抱きしめる。
するとそれを見ていた生徒たちからまた感嘆の声があがっていた。
可愛らしいけどどこか鼻につくと思うのは私だけだろうか。
「ねぇ。でもこれから蒼くんも実戦があるんだよね?ずっと立ちっぱなしじゃあ休まらないし、よかったら私の隣座らない?」
大きな瞳をまたうるうるさせながら姫巫女が蒼を見つめる。
男なら誰もがやられてしまいそうな愛らしい表情だ。
現にこれを見ている生徒たちも何人か実戦中だというのに「ゔっ」とか「眩しっ」とか「我が人生に一片の悔いなし」とか言って倒れて普通に負けている。
もうこの大会の優勝者は姫巫女でいいんじゃない?て思えるほどだ。
「ありがとうございます。姫巫女様。ですが、僕はこのようなことで疲れて負けるような実力ではありません」
「で、でも…」
笑顔で断りを入れる蒼に姫巫女が座って欲しそうな視線を向ける。
「本当にお優しいのですね、姫巫女様」
しかし蒼は優しげに笑うだけで姫巫女の横に座ろうとはしなかった。
蒼らしくない。
相手の要求に気付き、そつなくこなすのが蒼なのに。
「なぁ、紅」
「ん?」
「去年のこと覚えているよな?」
「え」
突然、蒼たちの会話なんて無視して武が真剣な顔で私に話しかけてきたのだが、何のことだかわからず、首を傾げる。
何だろう?
去年の実戦大会で何かあったっけ?
「おまっ!あんなことしておいて忘れているのかよ!」
「あ、あんなこと?」
えー。あんなことって何?
去年の今頃は確か急に始まった2度目の人生に右往左往していたような…。
「はぁ、裏切り行為だよ、俺に対してのな」
「裏切り行為…。あぁ!」
思い出した!
去年の実戦大会で頑張りたくないとかいう理由で武との実戦でわざと負けたんだった!
そしてこの不服そうに見ている張本人、武にめちゃくちゃ怒られたんだった!
「覚えてる覚えてる。ちょっとど忘れしただけ」
「嘘つけ。俺が言わなかったら一生忘れてただろう」
「…そんなことないよ」
「何年一緒にいると思ってんだ。お前の嘘なんてお見通しなんだよ」
ギロリと武に睨まれてもう何も言えなくなる。
武に嘘は通用しない。



