side琥珀



「…」



本当にあの出来事が起きてしまった。


俺は1人でシャワーを浴びながら先ほどのことを考えていた。

俺は姫巫女が紅にリンゴジュースをかけてしまうことを知っていた。
…正確には見覚えがあると言った方がいいのかもしれないが。


去年の春から急に俺は〝今〟に違和感を覚えるようになった。
まるで一度経験したかのようにいろいろなことに既視感を覚えたからだ。
しかもそれだけではない。

今ではなく、未来さえもそうだったとふとした瞬間に思い出してしまうのだ。


実戦大会で蒼が優勝したり、紅の初任務の相手が俺だったり。
知らないはずの未来なのに俺は知っている。


何故なのか。
ずっと疑問に思っていたが、アイツが様子のおかしい俺に気づいて答えを教えてくれた。


『この世界はどういう訳か繰り返している。琥珀が知っていることは前に本当に起きたことだ』


初めてそう言われた時、にわかに信じられなかったが、信じざるを得なかった。
その方がよっぽど〝今〟にしっくりくるからだ。


ふと思い出される前回の記憶。
その記憶の中の紅はいつもボロボロだった。


俺はシャワーを止めると瞳を閉じて俺の記憶の中にある紅の姿を思い浮かべた。



*****



「紅」

「何」



俺に名前を呼ばれて少しだけ暗い表情でこちらに紅が視線を向ける。

紅と任務をした帰り道、俺はあることを聞きたくてやっと紅の名前を呼べていた。



「…朱とは最近どうなんだ?」



紅の弟の朱が高等部に進学した。
朱は紅にいつもベッタリだったので、高等部入学後は四六時中一緒だろうと思っていたが、その予想が外れた。

朱は紅と一緒にいたいように見えるが、紅はそんな朱を明らかに避けていた。

そして自分で避けておきながらどこか辛そうな顔をしていた。



「…別に。普通だけど」

「…そうか」



ふいっとこちらから視線を逸らす紅に悲しい気持ちになる。


俺には言えないことなのだろうか。
頼りにさえされないのか。