あと数分で日付が変わる時、明日が誕生日だと言うと、彼は時報を聞きながらカウントダウンをしてくれた。でも残り十秒というところで「そういや何歳になるの?」と言い出したから、カウントダウンは失敗した。でも彼に一番に祝ってもらったことが嬉しい。何より嬉しい。本当に嬉しい。



劇場で観てDVDで観てオンデマンドでも観たのに、テレビで放送されるとまた観てしまう。これはもう明らかに好きということだ。あの人に抱いている気持ちと同じだね。何度でも会いたい、いつでも会いたい、会うたびに色々な発見があって、また好きになる。あの人と、この映画の話ができたら幸せなのに。



涙で流れた化粧が頬を汚し「拭いてやるよ」と職場の先輩がわたしの顎を持ち上げ、彼の真剣な表情を見上げた瞬間、こう思った。昨日までのわたしはたった今しんだ。涙と一緒に体外へ流れ出て、拭き取られた。そして新しい恋が始まるのだ。



「サンキュ」と言ってぽんとわたしの頭を撫でた、その大きな手を目で追った。わたしの手とは全然違う。ひと回りは大きいだろうか。指も長くて、きっとピアノの鍵盤はオクターブ以上届く。「サンキュ」という誰もが口にする言葉すら、違って聞こえた。ああ、春だ。春が近付いて来た。



「おれは桜が好きだな」片想い中の彼の声が聞こえて、弾けたように顔を上げた。このときほど、自分の名前が「さくら」で良かったと思ったことはない。と同時に、彼に好きだと言ってもらえる桜に、おぞましいほど嫉妬した。見上げた桜は、目が眩むほど美しかった。



偶然通りかかった道でね、とっても良い香りがしたの。甘くて柔らかくて丸くて優しくて明るい、春の香りだよ。色で例えるなら黄色と桃色。その香りを捕まえて、両の手でしっかり包んで、きみに届けたくて仕方なかった。一緒に「春の香りだね」って言いたかったんだよ。



愛猫との別れで泣き暮らす。涙はなかなか枯れず、もう体力は限界で「涙の止め方」を検索していたとき。背後から突然耳を噛まれ「ひゃあ!」と情けない悲鳴をあげた。耳を噛んだ犯人――同僚は「止まったろ」と笑うけれど、今度は「動悸の止め方」を検索しなければ。



向けられた明確な好意に、わたしは曖昧に笑ってグラスを傾ける。男は嬉しそうに、バーテンダーにカクテルの名を告げた。こんな態度は良くない。気がある素振りで、心の中では別の人のことを考えている。もしバーテンダーに気持ちを注文できるなら、わたしはあの人の心が欲しい、なんて考えている。



好きな人の姿なら、どんな人混みの中でも見つけることができる。名前も同じ。数百の名前が並んでいてもすぐに見つけて、わたしは心の中で盛大なガッツポーズをした。今年も同じクラスになれた。今年は、今年こそは、話がしたい。とりあえず今日は「おはよう」と言ってみよう。まずそこから始めよう。



薄暗い部屋、流れるような所作でワイシャツに袖を通し、ネクタイを締め、腕時計を付ける。その背中を見上げながら「次のご予約はしていかれますか」と聞くと、彼は茶化すようにくはっと笑って、わたしの額を撫でたけれど、答えはくれなかった。だからわたしたちは、前に進めないのだ。