「ああまた先越された……もう特技の欄に、ウォーリー探しが得意って書きなよ」言いながら不貞寝する彼女を、心の底から愛しいと思った。ウォーリーだけじゃない、たとえ何十億の人が行き交う道の真ん中にいたとしても、一瞬できみを見つけることができるよ。口にはせず、彼女の頬を撫でた。



例えば本屋で同じ本を取ろうとして手が触れるなんて漫画でしか見ない状況になって、例えばそれがよく行くカフェの店員さんで、例えばその店員さんがわたしのことを憶えていて「いつもどうも」って笑いかけてくれたら。無条件でときめいてしまうし、恋の足音が聞こえてしまうのです。



誕生日を含めた全てのイベントで彼からのプレゼントを断っていたのは、照れた顔を見られたくなかったからだ。初めて付き合った人にプレゼントを貰ったとき「鼻穴ぴくぴくしてる」と爆笑されたのがトラウマになっていた。だから今の彼には絶対に見られたくないっていう、乙女心を分かってよ。



最近手荒れを悩んでいたら、彼がちょっと良いハンドクリームを買って来て、骨ばった大きな手で包み込むよう、丁寧に塗ってくれたので「ハンドクリーム苦手って言ってたのにごめんね」と言うと「僕の手もすべすべなら繋ぎ心地が良いでしょ」と笑顔で返してくれました、幸せ。という夢を見ました。つら。



朝から二人で布団を干して、珈琲を淹れて、近くのカフェでテイクアウトしたふわっふわのサンドイッチを食べているとき。こんな言葉を思い出した。ロマンチックな恋だけが恋ではありません。本物の恋とは、オートミールをかき混ぜる行為のように平凡で当たり前なのです。うん。平凡、だけど、幸せ、だ。



映画を観に行くはずが「天気が良いから」と公園でピクニックを始めたり、突然髪色を赤にしたり、夜中に「プリンが食べたい」と言って寝間着のまま台所に立ったり。そんな気まぐれな彼女だけれど。それも含めて大好きだ。笑顔になれるんだ。彼女じゃなきゃだめみたいだ。



ベッドが壊れ、ふたりで床に投げ出されたところで停電した。外を見ると辺り一帯が停電しているようで、黒のペンキをぶちまけたように、世界が夜に飲み込まれてしまったように真っ暗だった。ため息を吐き、情けない恰好のまま背中を丸めると「楽しい夜ね」と君が笑うから。僕は頷いて毛布を引っ張った。



何度呼びかけても返事がないのはいつものこと。枕に半分埋まった彼の顔を覗き込み、今朝も眉がぴくぴく動いているのを確認する。毎朝この下手な狸寝入りで目覚めのキスを所望するとは、眠れる森の美女もびっくりだ。だからわたしは「おはよう王子様」キスの代わりに渾身のデコピンをあげる。



彼との初めてのキスの感想は、とにかくくすぐったい。啄むように何度も何度も下唇を噛まれているからだ。だから「くすぐったいよ」と笑ったら、彼も「くすぐってぇよ」と笑った。なるほど、唇をくっつけたままで喋るのはくすぐったい。それでも唇は離れない。くすくす笑いながらそれを続けるのだ。



彼との初めてのキスの感想は、ただひたすら冷たい。ずっと寒空の下にいたからだろうか。唇は凍っていないのが不思議なくらい冷えていて、頬にあたった彼の眼鏡のフレームも氷のようだった。でももし凍ってしまうのならそれでもいいと思えるくらい幸せで。そうだ、このままコールドスリープされようか。