「ゆっ」

「もうお前もどっか行けよ!」

キリッとした瞳を向けた悠が少し低い声で、傘を持つ手をぐっと突き返した。

勢いと押されたせいで傘が手から離れてしまった。

あたしにも雨が降りかかる。

「…嫌いなんだよ、何もかも」

ザーザーと降る雨は冷たくて重い。

「この瞳だって、髪だって、全部っ、大嫌いだよ!」

“鏡、見るの好きじゃないから”

そんなことも言っていた。
それは男子トイレの鏡を割った時のこと、その言葉の中に隠された本当の意味を今知ったよ。

「好きでこんなんで生まれたんじゃねぇよ!見てるとむしゃくしゃする、いつもあいつが付きまとってるみたいで…!」

あの日、あたしはまだ悠のことをよく知らなかったけどあの日も…

何かあったの?何か抱えてたの?

1人で今もずっと苦しんでるの?

「…っ」

せめて晴れてくれたら、悠の顔がちゃんと見えたかな。

「悠っ」

でも同じかもしれない、あたしの瞳からこぼれる涙が視界を遮ってよく見えなかったから。

悠に触れようと手を伸ばす、両手で包み込むように。

悠の体がピクッと震えた。

「お前の事なんか好きじゃねぇーから!」

雨の中響いた悠の声。

咄嗟に出た言葉だったのかな、でもそれでもいいよ。

なんでもあたしに向けてくれるならそれでいいの。

だって本当にそう思ってたら、そんな風に下を向いたまま言わないでしょ?

悠の背中に腕を回して力いっぱい抱きしめた。

「あたしがいるからっ、あたしは絶対悠のそばを離れない…っ」


“悠は足りないものが多いから”


足りないならあげればいいと思ってた。

あたしがいっぱい、持ちきれないぐらい多くて困っちゃうほどいっぱいあげようと思ってた。


でも悠に本当に足りないものはそれじゃないね。


本当に足りないものは…



誰かに甘える勇気。



「助けてって言っていいんだよっ」

「…っ」

「言ってよ、あたしにっ」

「っ」

「言っていいの…っ」

冷たくなった背中はふるふると微かに震えていて、あたしの体温が伝わらないかなって思った。

雨で濡れちゃったあたしも冷たかったかもしれないけど、少しでも伝わったらいいのに。