『…え…っ!』

「危ないっ…!」



初めは何が起こったのかもわからなくて、冷たい水に濁った視界。
呼吸ができなくて、ただ苦しくて。

私は川に落ちたのだと分かった。


…あぁ、もう、だめだ。


そう思った時、冷たい流れの中で腕を強く引かれる。

気づけば岸辺に引き上げられていて、息を切らした朔が全身びしょ濡れで私を抱きしめていた。



『……けほっ………!あり、がと…っ。』

「バカ!!…ほんと、焦った」



声が震えていて、苦しいぐらいに力強く抱きしめられた。



『ご、ごめん……。でも、なんで、来てくれたの……危ないのに…』

「…なんか、体が勝手に動いたんだよ」



息を整えながら、当たり前みたいに笑ったその顔を今でも覚えてる。
右腕には小さな切り傷があって、血が滲んでいた。



『朔、怪我してる…!』

「これくらい平気だよ。…それよりもくーちゃんがいなくなる方が怖かった」

『……じゃあ、次は私の番。朔が困った時は、絶対私が助けるからね…!』

「……約束だよ?」

『うん、約束っ!』



2人で指を絡めて、小さく笑い合う。

朔がこの事を覚えているかは分からないけど、私にとっては大事な想い出だった──。




そして、朔と再会して、この約束を果たすことができた。




『危険って分かってても、助けたいって思っちゃうくらい、私にとって朔は大事な幼馴染だから。』



一瞬、朔の瞳が揺れた。

長い間止まっていた時間が少しずつ動き出すように。



『……だから、“ごめん”より“ありがとう”がいいな。』

「え……」



朔の目が驚いたように見開かれ、やがて少しだけ笑みを浮かべた。



「……ずるいよ」



そう言って笑った朔の顔はあの頃と同じ…子どものように無邪気で、少し泣き出しそうで。



「……ありがと、くーちゃん。」



紛れもなく私の知ってる、私の大切な幼馴染の、朔の姿だった。


その時、背後でヒールの硬い音が床を打った。