ここは白星学園から少し離れたところにある、吸血鬼が多く住む広い街。
その中枢にある本部の館で、日本中の吸血鬼たちが集う格式高い式典が始まろうとしていた。
控え室は白と金を基調にした静かな空間で、壁には光を受けて揺れるレースのカーテン。
まるで非日常な空間の中で鏡の中に映る自分が、少しだけ知らない誰かみたいに見える。
髪はゆるく巻かれて、頬にはほんのり淡い桜色。
薄桃色と銀の光を纏うドレスは、肩から胸元にかけて柔らかく開いた布地に、繊細なレースがきらきらと光を弾いていた。
今日は、ついに後継者お披露目の式典。
あれから半年。
慌ただしい日々の中で、気づけば学園の卒業も目前にしていた。
叶兎くんの隣に立つと決めてからは、私も手続きに追われる日々。
だからこそ、無事にこの日を迎えられたことに胸を撫で下ろした。
背後で、髪飾りを整える指先が優しく触れた。
「……緊張してる?」
母の穏やかな声に、私は小さく頷く。
『…うん。なんか、実感湧かなくて、急に不安になってきちゃって。』
「大丈夫よ。もっと自分に自信を持ちなさい。」
『……お母さんは、お父さんの隣に立つって決めた時……不安じゃなかった?』
母は小さく息をつき、鏡越しにふっと懐かしそうに笑った。
「んー、最初はうまくいかないこともあったよ。トップの隣って、想像以上に大変だったから。でもね……楽しかったの。麗音の隣は。」
“楽しかった”
その一言に全てが詰まっている気がした。
私も、叶兎くんの隣はいつも楽しかった。
だから…気づけばその隣にいたいと願うようになっていた。
「あの時、“命を懸けて守ります”って言ってくれた時の彼、すっごくいい目をしてたわ。昔の麗音と同じ。素直で、まっすぐで……信じられる瞳。」
──あの時。
私が倒れて病院に運ばれた日のことだ。
叶兎くんの目に宿っていた決意を、今でもはっきり覚えている。

