【side 羽雨 ??? 】
寮のロビーは夜の冷気を孕んでしんと静まり返っていた。
みんなが寝静まった後。
俺は音を立てないように廊下を抜け、叶兎の部屋へと足を向けた。
気配で部屋の明かりがついていることは分かっていた。
こんな時間でも、叶兎が机に向かっていることも。
──コン、コン。
ノックをしても返事がない。
少しためらってからドアノブに手をかけると、鍵はかかっていなかった。
そっと押し開けると淡い光がこちらを照らす。
部屋の中は、散らかった資料と空のコーヒーカップ、そしてパソコンの青白い光に照らされた叶兎の背中。
集中しすぎて、俺の足音にも気づいていない。
「叶兎、そろそろ一休みしなよ。」
後ろから声をかければ、叶兎はびくりと肩を震わせた。
振り返ったその顔には、無理に作った冷静の裏で明らかに疲労の色が滲んでいる。
「羽雨か…」
なのに、平然を装って再び視線を資料へ戻す。
「……何。忙しいから、用事がないなら帰って。」
その仕草の荒さで、どれだけ余裕がないのかが分かる。
俺は少しだけ息を吐いた。
「今、僕が部屋に入ってきたこと、気づいてなかったよね。」
ペンを動かす手が一瞬止まる。
でも、何も答えない。
…いつもの叶兎なら、ドアの前に立った時点で気配に気づかれる。
なのに俺が部屋に入っても気づかなかったということは注意力が鈍っている証拠だった。

