夕日が沈んでから辺りが闇に沈むまでは一瞬のことだった。
西の空が赤から紫へとゆっくり色を変え、気づけば街灯の光がぽつりと並木道を照らしている。
校舎から寮へ続く道は昼間の賑わいが嘘のように静かで、風が木々を撫で枝と枝がかすかに擦れる音だけが夜の空気を震わせている。
寮の入口付近の並木道で、木陰の方から誰かの声が聞こえてきた。
「……はい。……あの、俺の仕事ってもう終わりましたよね。……そろそろ喝入れてきてもいいですか? ……いや、今の二人見てらんないっていうか……」
……この声、飛鳥馬くん?
誰かと電話してるみたい。
でも、いつもの声とは少し違う様子だった。
いつもの柔らかい印象よりも落ち着いた、まるで年上の人のような風格がある。
別人のような雰囲気に私は息を潜めて後ろから近づいた。
「……はい。ありがとうございます。麗音さんこそ、期待するのはいいですけどちゃんと彼のキャパを考えてあげてくださいよ。……はい……報告は以上です。」
麗音……それは、私の父の名前。
飛鳥馬くん、私のお父さんと話してる……?
今、“仕事”とか“報告”とか言ってたけど……
思考が追いつかないまま、携帯を閉じた飛鳥馬くんの背中に思わず声をかけた。
『……飛鳥馬くん?』
飛鳥馬くんはぴくりと肩を揺らし、ゆっくり振り返った。
驚いたように目を丸くして、数拍の間を置いてからふっと微笑む。
「……びっくりした。胡桃か。」
『あっ、ごめん! 脅かすつもりじゃなくて……』
飛鳥馬くんは胸を撫で下ろし、ふうっと短く息を吐いた。
「……僕、他人の気配には敏感な方なんだけどな……胡桃が純混血だからかな。」
独り言のような呟き。
何かを確かめるような声色に、私は思わず眉を寄せる。
『飛鳥馬くん、誰と話してたの?』
「ちょっと……上司と?」
曖昧な返答。
そして、あえて視線を逸らすような横顔。

