『天音くん……』

「好きって言ったの、あれ本心だから」



天音くんの声が少し低くなる。

逸らしたいのに、その視線から目を逸せない。



「あのキスも。悪ふざけなんかじゃない」



心臓が跳ねて、息が止まった。



『…私……』

「ま、流石に今の2人の間に入る余地なんてないって俺でも分かるから。もうあんなことはしないよ」



天音くんは、ふっと手を離した。

笑顔に戻ったその瞬間、指先の温もりが風にさらわれていく。


私は何も言えず…ただ立ち尽くしていた。



「でも、もしさ。叶兎の隣が苦しくなったら──俺のところにおいでよ」

『……え……?』

「あいつが君を泣かせるようなことがあったら、その時は俺が奪いに行く。……胡桃っちには笑ってて欲しいからね」



軽く笑って、天音くんは私の頭に手を置いた。

指先が髪を梳くように撫でる。



私は……叶兎くんが好き。きっと喧嘩したって、崖にぶつかったって、この気持ちは変わらない。


……天音くんも、きっとそれを分かってる。



『……天音くん、優しすぎだよ』

「優しくなんかないよ」


天音くんは微笑んで、それでも少しだけ苦しそうに目を細めた。



「胡桃ちゃんが何かに思い悩む度に、俺のこと思い出したら良いって思ってる。……めんどくさいでしょ?」

『……』


何も言えなかった。
めんどくさいなんて思えない。ただ、胸が苦しかった。


『……ありがとう。天音くん』

「じゃ、俺このあと用事あるから。…また寮でね〜」


そう言って天音くんは、ふっと笑みを残して歩き出す。
風に紛れて背中が遠ざかっていった。