「今まで通り普通の人間として生きていく道か……叶兎くんと二人でトップとして束ねていく道」

『え……?』


耳にした途端、情報量が多すぎて脳が処理を拒んでいるみたいだった。


『というか、何で私も……?』

「胡桃は叶兎くんの婚約者だ。トップのパートナーであれば隣に立つ資格がある」


婚約者──それって、多分契約のことだ。
というかお父さん、知ってるの…!?

思考が追いつかなくて、ただ口をぱくぱくさせてしまう私を見て、母が優しく口を開いた。


「急にこんなこと言われても困ると思うから……ゆっくり考えるといいよ。後継者正式発表の披露宴は、早くても半年後だから」


半年後……?
たしかに時間はある。けれど、その時が来れば選ばなければならない。

「普通の人間として生きる道」か。
「叶兎くんと共にトップとして生きる道」か。

何もかも急すぎる。
もし前者を選んだら……叶兎くんとの関係は、どうなるの……?

胸の奥がきゅうっと締めつけられ、答えの見えない不安が広がっていく。




そんなとき、コンコン、と控えめなノックの音が病室に静かに響いた。


「目が覚めたんですね……!?お取り込み中、申し訳ございませんが、ご両親の方、手続きの追加があるので一緒に来ていただけますか?」


ドアを開けた白衣の医師が、申し訳なさそうに頭を下げる。


「あぁ、今行くよ」


父が短く返事をすると、私の方へ目をやる。
その視線は、言葉にならない優しさと、わずかな覚悟の色を含んでいた。

次に視線を叶兎くんへ移すと、静かに一言。


「……それじゃ、娘を任せたよ」


「任せた」というその言葉に胸がぎゅっと締めつけられる。


「胡桃、迷ったときは相談して良いからね。先輩としてのアドバイス」


母は私の頬にそっと手を添え、柔らかく微笑む。

二人は医師と共に部屋を出ていくと、扉が閉まる音がやけに大きく響いた。