【side叶兎】





“『…だって…叶兎くんのこと、大好きだから』”



あの時胡桃はそう言い残して、瞼を閉じた。


「──胡桃!?おい、胡桃!!」


必死に名前を呼んでも返事はない。
握っていた手からは力が抜け落ちていて、血の気が引いていくのが分かった。

俺の声も、呼吸も、全部が焦りに押し潰されそうになる。


今まで誰かにこんな声を向けたことなんて一度もなかった。
普段なら冷静に判断できるのに、今はただ頭が真っ白で。


「……おい、春流!治療は?!」


春流は必死に治癒を続けているけど、その額にも焦りがにじんでいた。

思わず声を荒げて叫んでしまい、凪が俺の肩に手を置く。


「落ち着け!」


その声にハッと我に帰るけど、焦りが治る事はなかった。


「無効化が強すぎて……時間がかかる!」

「っ……くそ……こんな時に無効化が…」


俺は胡桃の頬に手を添え、呼吸を確かめながら必死に名前を呼び続ける。

もうすぐ救急車が来てくれる筈だけど、どうしてもこの手を離したくなかった。

胡桃の指先は温かくて、その温もりだけがかろうじて俺を正気に繋ぎ止めていた。







救急車が到着して病院に搬送された後も、俺はずっと胡桃のそばにいた。

夜の病室は静かで、カーテンの隙間から覗く街灯の光が、白いシーツに淡く落ちている。
胡桃の寝息がかすかに聞こえるだけで、世界はやけに遠く感じた。

俺はベッドの脇に座り込み、胡桃の手を握ったままじっと見つめていた。


「……やっぱりいた」


不意に声がして顔を上げると

ドアのそばに、秋斗が缶コーヒーを二つ持って立っていた。

静かにこちらへ歩み寄り、缶を一つ差し出す。反射的に受け取ると、冷たさが掌に沁みた。


「他人のことであんなに取り乱すなんて、珍しい」


秋斗の言う通り、こんなに取り乱すことは珍しい……というか、初めてだ。

俺は小さく息を吐き、視線を落としたまま口を開く。


「…もし、目を覚まさなかったらって………。」


自分でも驚くほど、声はかすかに震えていた。

秋斗の目が見開かれるのが分かる。

こんな姿、誰にも見せるつもりなかったのに。