近づくにつれて心臓の鼓動は速くなるばかり。
けれどそこにあるのは、恐怖だけではなかった。
『…朔。』
両側から登れる螺旋階段の踊り場。
その手すりにだらりと身を寄りかかるようにして、朔がぽつりと立っていた。
私がか細い声で名前を呼ぶと、立ち込める煙の中で、朔の視線がゆっくりと下へと降りてくる。
「くーちゃん…?」
その目は深い闇に沈んでいて、けれどどこか子供のように縋る色で。
でも今はその相反する眼差しに射抜かれるのが、怖い。
知っているはずの「朔」なのに、今はもう別人で。
「まさか、自分から会いにいてくれるなんて!」
次の瞬間、朔の顔がパッと花が咲いたように綻び、どこまでも無邪気さを漂わせた嬉しそうな笑みを浮かべた。
そして、軽やかな足取りで跳ねるように階段を駆け降りてくる。
あまりにも自然で、幼い頃からずっと見慣れてきた仕草に、危うく心を揺さぶられそうになってしまった。
…騙されるな、私。
今の朔は、正気じゃない。
私が反射的に一歩後退すると、その私の小さな拒絶の動きを見逃さなかった朔の笑みが、フッと冷たく消え去った。
「…ねえ。何でこの前、勝手に逃げたの?」
冷え切った声に、背筋がぞわりと震えた。
けど、ここで怯むわけにはいかない。
『……っ朔、昔の優しい朔に戻ってよ…、あの頃は、こんなじゃなかったじゃん…』
「昔の僕を、勝手に語るな」
吐き捨てられ声は荒かったけど、瞳の奥がかすかに揺れた。
悲しみ、依存、歪んだ執着…。
あまりにも多くの感情が混じりあっていて、見ているだけで胸が締め付けられる。
ジリジリと間合を詰められ、気づけば私の背中は冷たい階段の手すりへと完全に追い込まれてしまっていた。
朔は私の逃げ道を強引に塞ぐように、「ガンッ!」と凄まじい音を立てて手すりに片手を打ちつける。
そして、逃げ場を無くした私の頬に、もう片方の冷たい指先でそっと触れた。
ひやりとした指先が、私の耳の下から首筋にかけてをゆっくりとなぞっていく。
「逃げないでよ。僕、またくーちゃんに拒絶されたら…もう優しくできない」
『…っ』
耳元で囁かれ、視線を絡め取られる。
真っ直ぐに注がれる視線が怖くて、思わず目を逸らした。


