拉致られたこと。玖音咲羅のこと。坂口裕希さんと付き合っていた頃の日々。私たち三人が、初めて出会った日のこと。裕希さんから別れを告げられた日のこと。
裕翔くんと過去に二度出会っていたこと。あの二人が、人を死の淵まで追いやってしまったこと。
この記憶を一気に受け止めるのは、すごく難しい。
今まで忘れてしまっていたということは、頭がその記憶たちを否定したから。でも、今は何だか不思議と大丈夫なんだ。
私の隣にはまだ裕翔くんが居るし、裕希さんの頃とは全く違っている。
「……だから、ごめん。別れよう」
悲痛な声が私の耳に届く。そんな泣きながら言っても説得力ないよ、……裕翔くん。裕希さんは、私に別れを告げる時泣いてなんかなかったよ。
「裕翔くん。私を見て」
私は裕翔くんの膝の上から降りて、床に足をつく。裕翔くんの前にしゃがみ込んで、真剣な瞳で裕翔くんを見つめた。
「っ、……!」
目が合った瞬間、裕翔くんが苦しそうに表情を歪めた。
「私は裕翔くんと、別れないよ」
「は、……?」
私の言葉に、裕翔くんが信じられないというような表情で私を見た。なんで?という裕翔くんの疑問が肌に伝わってくる。だって、───
「私は、裕翔くんのことを嫌いになってなんかいないから」
私の記憶から、裕希さんを消したこと。人を死の淵まで追いやってしまったこと。だけど、裕翔くんは殺してないじゃない。