泣く泣く譲ってくれた兄貴にも悪いし、何より長年抱き続けた願いとも言えない野望だったのだから。

桜十葉は記憶を失った後も、なぜか裕希と家族のことだけは覚えていて、俺のことだけを忘れていた。

それならば、俺は桜十葉に、裕希のことも忘れてほしかったと思った。

温かい紅茶を淹れて、お盆に乗せる。俺は台所を出て足早に桜十葉の居る自分の部屋へ向かう。


『うぅ……、ぐすっ』


扉を開けようとしたら、中から桜十葉の泣き声が聞こえてきた。その泣き声を聞いた途端、俺の中で何かが弾けた。


『大丈ー夫だよ。俺がそばにいてあげるから』


一瞬にして桜十葉の後ろまで行って、持っていたお盆を机の上に置いた。そして、俺は桜十葉を後ろから抱きしめていた。


『さ、坂口……さんっ』

『裕翔、でしょ。ほら、呼んでごらん』

『うぅ…ひ、ひろと……さん』

『んー、まぁ今はそれでもいいか』


俺の兄貴は桜十葉に裕希、と呼び捨てで呼ばれていた。だから俺もそう呼んでほしかったけど、さん付けも悪くない。


『女の子の泣き顔は大好きだけど、他の男のために泣く桜十葉の泣き顔なんて見たくない』


実は、すごく嫉妬している。兄貴に言われた言葉で、兄貴のために泣く桜十葉を見ていると、兄貴にすごく嫉妬心を抱いてしまう。


『う、ごめん……なさい』

『早く泣き止まないとキスするよ』