田中とは以前ジムで携帯番号を交換したが、一度も電話はしていない。

『もしもし、北原さんお久しぶりです。』

「夜分遅く申し訳ありません。少しお時間大丈夫ですか?」

『ええ、大丈夫ですよ。何か弁護のご依頼ですか?』

要は少し考え、ありのままを伝えようと話し出す。
「今日、駅で自分の彼女がストーカーから助けて頂いた様でお礼をと思いまして、ありがとうございました。」

『えっ!要さんの彼女だったんですか?奇遇ですね!!』
この男、完璧過ぎるほど心の中が見えない。会うたび胡散臭さを感じ警戒はしていたが、弁護士と言う職業がら弁も立つので、手強い相手だと思っていた。

「普段は車で送迎してるのですが、たまたま自分が出張だったのです。
もし、あの場に貴方が居なかったらと思うとゾッとします。
本当にありがとうございます。」

『よっぽど大切にされているんですね。
とても可愛らしい方で目を引いたので、気になって見ていたら変な奴が絡んできて、衝動的に動いたまでです。

凄く動揺されていたので精神的なダメージを心配しましたが、大丈夫でしたか?』

要は眉をひそめる。
「ご心配ありがとうございます。
明日からは電車には乗らないようにと、
なるべく1人にならないように伝えてあります。」

『懸命ですね。 
あの手の男は気を付けないと何を仕出かすか分からないですから、
もし、弁護士の手が必要でしたらいつでもお力になりますよ?』

「何となく接点は分かりますのでこちらの方で探ってみます。 
もしもの時はお手伝い願いたい、その時はまた連絡します。」
うわべだけ取り繕って要も心を見せないよう警戒する。

『彼女、とても若くお見受けしましたがもしかして学生さんですか?
私には接点が無いので羨ましい限りです。』
ああ、確信犯だなと要は納得する。

「ところで、うちの父をご存じで?
父の会社の浅田弁護士は顧問弁護士をお願いしてるそうですね。」

『ええ、一度ゴルフをご一緒した事があります。その時に貴方のお話しも伺ってます。』

隠す事なく話す田中を逆に要は不信に思いながら、核心をつく。
「単刀直入にお聞きしますが、どなたかに自分の事を探る様に依頼されていますか?」

少しの間の後、

『さすがですね。

北原さんは頭が切れるとお兄様からもお聞きしていましたが、感が鋭いようで。
実は、ある方からお願いされて少し身辺調査させて頂いています。』
はっきりとした口調で言う田中を清々しく思う。

「そうですか。
では駅に居たのも偶然ではありませんね。何も隠す事は無いのでありのままをお伝えして頂いていいですよ。」

『1つだけ。
僕はどちらかと言うと中立の立場なので、今後何かありましても貴方の味方にもなれますからご心配なさらず。』

なるほどそう言う事か、と要は理解する。
依頼者は俺に身辺調査している事をむしろバラしたいのか。

『本当はこんな形で気付かれるのは不本意でしたが、紗奈さんに関しては緊急事態だと判断したので。』

「貴方のおかげで助かりました。 
また、お会いする事があると思いますが、彼女には何も伝えませんのでそのつもりでお願いします。」

『賢明な判断です。』
ははっと田中は軽く笑う。

「では、また。失礼します。」

要は電話を切って考える。
依頼者は身内では無いな。父も兄もこんな回りくどい事はしないだろう。
誰なんだ?

ふと、気になる人物に思い当たる。
確信は持てないが、今後、紗奈に接触されないように用心しなければと思う。