「大丈夫です。今、書きます。」

紗奈は慌てて涙を拭いて、筆記用具をカバンから取り出し書類に書き込む。

なんで私、先生に抱きついちゃったんだろ。
初めて会ったばかりの人なのに、



紗奈はどうしても北原先生のゼミに入りたかった。

父がまだ病院へ入院していた頃、
お見舞いに行った帰り、
ふと立ち寄った住宅コンペで、
北原先生の作品を見てから憧れにも似た感情を持っていた。

作品名は『陽だまりの家』

中庭に庭園があって一本の桜の木が木漏れ日の中に咲いている。

どの部屋からもお庭が眺められて、
四季折々の桜の木を楽しむことができる、
暖かくて優しい家だった。

車椅子の父もこの家だったらきっと心穏やかに暮らせるはず。そう思いを馳せて心が暖かくなった。

こんな家を設計出来る人はきっと、
優しくて心穏やかな人なんだろうなぁと、
紗奈の中で思いが膨らんでいた。

それは好きなアイドルに思いを寄せるような
どきどきして、恥ずかしくて、でもワクワクする気持ちに似ていた。

今日、この部屋の前にたどり着きノックをする瞬間ドキドキが抑えられず。何度も深呼吸した。

だから、そんな人に優しくされて、タカが外れてしまい、思わず抱きついて泣いてしまった。

我に返って、子供みたいに大泣きした自分が恥ずかしくなる。

恥ずかしくて顔が見られない。

しかも、お金が払えなくて学校に行けないなんて恥ずかしい事情まで話してしまった。
もう一生顔を見れないかもしれない。

「冷めてしまったかもしれませんが、ココア飲んで下さいね。」

先生はそう言って、隣から離れて行く。
寂しさを感じで、思わず目で追ってしまう。

先生は机に向かって仕事を再開する。

「書類が書けたら教えて下さい。
今からなら事務手続きも間に合うので後で提出しておきます。」

手を止めて、ふわりと笑いかけてくれた。
恥ずかしくなって、思わず目を逸らしてしまう。

紗奈は書類を書き終えて立ち上がり、先生の机まで行き書類を差し出す。

「出来ました。どうぞよろしくお願いします。」
頭を下げて誠心誠意で感謝を表す。

「確認させて頂きます。

座って、ココア飲んで待っててください。」

「ありがとうございます。」