ちょっと落ち着いて、状況を整理したい。

俺は、よく分からない夢を見ていた…気がする。

で、その夢から覚めてみたら、いつの間にか、見知らぬ教室の中にいる。

しかも、生徒みたいに椅子に座って。目の前の机には、ノートとテキストが広げてあって。

教室では、ハゲたおっさん教師が授業を行っている。

これじゃ、俺も生徒に戻ったみたいじゃないか。

いや、多分実際に、この場において俺は生徒なんだろう。

目の前のノートとテキストを見るに、そう判断するのが適当。

よく見たら俺は、見知らぬ制服まで着ている。

学ランだ。何気に着るの初めてでは?

じゃあここは何だ。学校か?

それとも塾か?

周囲の生徒は、私服姿の者もいれば、ネクタイをつけた制服姿の者もいる。

着ているものがバラバラってことは、学校じゃなくて塾なのかもしれない。

別にどちらでも構わないが、問題は、何故俺がこんなところにいるのか、ということだ。

こんな塾(?)には見覚えがないし、周囲の生徒にも、あのハゲ教師にも、全く見覚えがない。

それなのに、先程の態度を見るに、教師も生徒も俺のことを知っているようだった。

でなきゃ、知りもしない人間を、馬鹿だと断定出来ないもんな。

俺はあの人達のことを知らないし、この場所も知らない。

しかし彼らは俺を知っている。

…もしかして俺、記憶喪失?

何だそのシチュエーション。漫画やドラマじゃあるまいに…。

かろうじて、自分の名前だけは思い出せる。

ルイーシュ・レイヴン・アルテミシア。それが俺の名前だ。

しかし、思い出せるのは名前だけ。

それ以外のことは、何も思い出せない。

とにかく、もっとよく周囲を観察しなくては…。

…と、思うのに。

俺の身体が動かない。

記憶喪失は、まだ百歩譲って納得出来るとして。

自分の身体が、思うように動かないというのは、どういうことなんだ?

俺はさっきから、立ち上がろう、立ち上がって教室から出よう、そして外に出て、周囲の状況を確認しよう、と。

そう思って、立ち上がって、手始めにハゲジジィのハゲた頭をシバいて、外に出る為に走り出そうとしているのに。

身体が全く言うことを聞かない。

それどころか、自分も授業に集中しようとばかりに、シャーペンを握り、ノートを取っている。

これは俺の意志じゃない。俺の身体のはずなのに、知らない誰かが勝手に動かしているだけだ。

記憶を失ったばかりか。

俺は、自分の身体の自由さえ失ってしまったようだ。