ナサのいきなりの行動に、わたしは腕の中で困惑している。ほんとうに言いたくなければ、言わなくていいと思っていたから。

「ごめん、リーヤ。オレはリーヤが無垢だと知ってるなんて、言えるかよ」

「む、無垢⁉︎」
「あ、いや……なんで、オレは」

 ツルッと口を滑らせて言ってしまったのか焦るナサと、無垢って、あの無垢? わたしが結婚をしていたことはみんな知っている……それとは別に未経験だとも知っている。

 このことは両親以外、誰にも伝えていないのに。


「な、なんで、ナサはこの事を知ってるの!」

「あ、いや……すまん」

「すまん、じゃないわ。なんで知っているのか理由を教えて」

 腕の中から見上げると、ナサは申し訳ない表情を浮かべて、ポツポツ言葉を探しながら話しだす。

「コレは、オレ達……獣人にしからない事で、その、リーヤから……リーヤからいい香りがするんだ。お前からは、いっさい結婚していた相手の匂いがしない!!」

「へっ?」

 相手の匂い?

「あのさ、人間も結婚って好きあった番同士がするんだろ? だったら"オレのものだって"主張する相手の匂いが必ず、するはずなんだ。だけど、初めてリーヤと会ったとき……離縁をしたばかりにしては、ほんの、さわり程度の男の香りしかしなかった」

「⁉︎」

 相手の香りが……さわり程度しかしないと、ナサの言っていることは当たっている。結婚していた二年の間は、彼にだけ都合のいい夫婦関係だった。

 ナサに知られた恥ずかしさと、当時のやるせない気持ちが蘇り、わたしの頬を涙が濡らす。


「あ、クソッ! リーヤ、泣くなオレが悪かった……離縁も何か理由があったんだろ? もう、言わないから」


 焦った声とナサの指が頬を滑り、流れる涙をぬぐう。

「ナサのバカ、バカ……バカ! わたしじゃない他の女性に、こんなことを言ったら失礼になるわ。絶対に言っちゃダメなんだから」

「い、言うかよ。他の奴なんて興味ない。リーヤだから香りが気になったんだ。リーヤ以外に香りが気になるヤツなんていねぇ」  

「えっ、」

(わたしだから香りが気になるって、ナサ。それって、わたしのこと好きだって言ってるのと同じ?)

 ドクンドクンと鼓動が高鳴る。

「あ、あのさ、リーヤ」

 ナサらしくない震えた声と、ギュッと腕に力がこもる。

「アサトに言われていたんだ、オレとリーヤは違うって。嫌だったらダンス練習も辞めて近寄らないから、リーヤ、今までの通りで良いんだ。……だから、オレを嫌わないでくれ」

 そんなか細い声で言わないで、

「ダンス練習は辞めないし、嫌わない……かなり、恥ずかしくて、照れるだけ」

 腕の中で見上げてキッと睨むと、ナサは瞳を大きくして、そのあといつもの様に笑った。

「シッシシ、良かった」

「良くない、わたしは恥ずかしい。もう、怒った。ナサの嫌いなものばかり朝食に作るから、覚悟してね!」

「うーん、それに関しては覚悟はいらないな。リーヤが作るものならなんでも美味いぞ」

 その言葉にドキンと、鼓動がさらに跳ねる。

「それは嘘、この前、ハンバーグを焦がしたとき、オムライスの卵が破れたとき……? あ、あれっ『焦げるな』『卵、下手くそ』と、笑っていたけど……残さず食べてくれた」

「だろう?」

 何よ、嬉しそうに笑っちゃって。
 コッチばかりドキドキする。

「決めた、ダンス練習のときに、ナサの足をいつも以上に踏むわ」

「おい、子供みたいなこと言うなよ。まぁ、リーヤが踏んでも、痛くないから別にいいけどさ」

 だって。

「あー、コーヒー飲もっと」
「オレにもいれてくれる?」

「うん。すぐにいれるから、座って待っていて」


 




「あの、ナサ。ハッキリと聞くけど……わ、わたしから、どんな香りがするの?」

 コーヒーをいれ終わり、向かい合って座っ後にナサに聞いた。ナサはサラッと、

「どんな香りって、甘い、オレの好きな香り」

「はぁい、甘い、ナサの好きな香り? そ、そうなんだよかった、変な香りじゃなくて」

(もう、ナサが好きだとか言うから……頬が熱い)

「シッシシ。それより、行く時間だな」

「えっ?」

 リビングの時計を見て、ナサはコーヒーを一気に飲んだ。

「ほんとうだわ。準備してミリア亭に行かなくちゃ。ナサ、使ったカップとお皿はそのまま置いておいて、着替えてくるから待っていて」

 と、寝室で着替えて、近くのエプロン取る。
 その下に見えたカゴ。

「ダメ、見ちゃ、ナサ、見ちゃダメ!」
「な、なんだ?」

 わたしはスッカリ忘れていたのだ。
 できたら渡そうと思って、刺繍しているハンカチの入ったカゴを、エプロンでかくしたことを……