社長っ、このタクシーは譲れませんっ!




「そういえば、今朝、夢の中で、ドーナツを開けようとしてたんですよ。

 で、目が覚めたら、ほんとうに手が開けようとしている形になってたんです。

 そんなときって、ありますよね~」

 そんなしょうもない話をはじめる女性の声を聞きながら、タクシーの運転手は思っていた。

 ずっとこの二人を乗せているが。

 なんでだろうな。

 だんだん二人の距離が離れて行くのは。

 親しくなったら近づいていきそうなものだが。

 この二人の場合は、逆に離れていっている。

 男性の方が日々、ドアの方に寄っていっているようだ。

 女性はまったく気づいていないようで。

 話が盛り上がってくると、ぐいぐい近づいていき、男性は、ぐいぐい逃げている。

 どうやら、男性の方だけが相手を意識しはじめているようだ。

 運転手はそんな二人を微笑ましく眺めながら、今日も裏通りに入っていった。