『ナフィルの傭兵数名が、リムナトの王宮で謀反(むほん)を働いた』

 ルーポワから山を越え、リムナトの中心街まで辿り着いていたアンシェルヌたちに、思いがけず届いた一報。

 懇意にしているこのパン屋に立ち寄っていなければ、彼女の耳には入らなかっただろう。

 聴いたからには早急に王宮に出向き、国王代理として騒動の釈明と謝罪をすべきだった。

 しかしこの時は「タイミング」が悪すぎたのだ。

 もしも店主の申し出がなければ、今頃は捕縛(ほばく)され、詰問(きつもん)され、糾弾(きゅうだん)され……それからどうなっていたことか、アンシェルヌにさえ想像もつかない。

 この旅に同行していたのはフォルテと廊下の侍従二人の他に、更に近衛兵が六名。

 全員を匿うには屋根裏部屋は狭く、また彼らからも「事件の全容を確かめるため、城下に潜伏したい」と切望されて別行動となった。

 つまり誰もがそれを謀反とは思っていない。

 もちろんフォルテもアンシェルヌ自身も。

 何故ならリムナトを敵に回せば、ナフィルは息絶えるしかないからだ。

 全ての生物に必要不可欠な「命の水」。

 リムナトに供給を止められてしまえば、ナフィルの民に生きる道はない。

 だとしたら、何を持ってしても、ナフィルの傭兵たちがリムナトに楯突くことなど有り得なかった。

 ── 一刻も早く事の真相を探り、何とか誤解を解かねばならない。

 そう思えばこそ、こんな王城の目と鼻の先に隠れている場合ではないのであるが、アンシェルヌには直ちに動けない唯一の事情があった──それが「タイミング」だ。