独りに戻った小さな部屋で、しばらくは微動だにせず彼の残像を目に焼きつけていた。

 それも数分ののちには我に返った。フォルテの階段を上る足音が聞こえてきたからだ。

 きっとレインが出ていったのを知って、様子を見にやって来たのだろう。

 アンは慌てて寝台に腰を下ろし、何事もなかったような表情を取り(つくろ)った。

「姫さま、朝食をお持ちしました」

 トレイに山盛りのパンと温かな飲み物を抱え、フォルテは優しい笑顔で参上した。

 アンが淋しさに取り巻かれてしまった時には、必ず其処から(すく)い上げてくれる癒しの存在だ。

 昔から(まつりごと)で傍にいられなかった父王に代わり、レイン、そしてフォルテの母とフォルテがアンを守ってきてくれた。

「ありがとう、フォルテ。一緒に戴きましょ」

 小さなテーブルに乗せられた十分な食事を見下ろして、フォルテに同席の誘いを掛ける。

 と共に今更気が付いた。レインにも焼き立てパンを味わわせてあげたかったものだと。

「わたくしめは後ほど戴きますので、どうかご心配なさりませぬよう。それから、レインさまにも沢山のパンをお持ち帰りいただきました」

「相変わらず至れり尽くせりね、フォルテ」

 アンは驚きと尊敬の眼差しで、フォルテを一瞥(いちべつ)し苦笑した。

 けれど用意された椅子には着かず、テーブルを挟んだ向こう側にフォルテのための一脚を寄せる。