「ありがと、」



言いかけたその言葉が、途中で消える。

タオルを受け取ろうとした手は行き場を失い、軽く押し当てるように水滴を拭うそのやわらかさが、内側の何かを掻き立てる。



ソファに座る俺よりも、立っている彼女の方が背が高い。

心配だと言ってくれたそれに嘘はなくて、彼女はあくまで俺が雨で濡れたところを拭いてくれているんだろうけど。



「……雫ちゃん」



電気は点いているけど、外に広がる雨雲のせいですこし薄暗く感じる家の中。

シンと静まり返ったこの場所でされるがままになっていると、呼吸でさえ大きく聞こえる。身体が、あつい。



「こんな感じかな。たぶんある程度、」



タオルを持ったままの手首を、つかむ。

簡単に折れそうなほど華奢で、口車に乗せられて部屋に来てしまったことを心底後悔した。




「稜くん……?」



彼女に手を出そうとは思ってない。

本気でそう思ってるし、当然そのつもりだった。



だけど惜しみなく優しさをくれる彼女に、歯車がどこかでとち狂ったらしい。

ふたりを密に煽るこの空間は、"ふたりきり"には向いてない。



恋愛感情があるわけではない。

でも、据え膳状態にも見える雫ちゃんに、本能的な感情を引き出されたのは確かだった。



……まずいよ。

ヨコシマな感情抱いたって、俺らにはお互い何のメリットもないっていうのに。



「今はいないっぽいけど。

雫ちゃん、過去に男はいなかったの?」



手首を引いて、彼女を隣に座らせる。

制服とは違う大人びた格好の彼女に、冷静さを欠く自分がひどく憎い。