「ありがと」

「いえ」


先輩の手から私の手へとそれが移動する。

それだけで、心臓がドクドクと大きな音を立てるのがわかった。


うるさい、鳴りやんで。

そんな願いも虚しく、鼓動のテンポはどんどんスピードを上げていく。


「つーか、してないじゃん勉強」



先輩が指差す先にはスマホとジュースだけが置かれた勉強机。


「い、今からするところだったんです」

「俺らもう合格したんだし、ちょっとは気抜けばいいのに。……ってこやとで、ゲームやろうぜ」


先輩とは明日も同じ教室、隣の席で授業を受ける。

それなのに、わざわざシャーペンを返しに来たのはもう一度ゲームに誘うためだろう。

「私は大丈夫です。ほら、お兄ちゃん待ってますよ」


私はできるだけ自然に見えるような笑顔を作り、棚から使いもしないテキストを手に取った。


「……わかった」


その言葉と同時にバタンと閉まるドア。



一緒にゲーム?

そんなのもう二度とできない。


三宅先輩が今も私に笑いかけてくれるのは先輩が優しいから。


……優しすぎるから。


先輩は私のせいで全てを失ったのに。