「ちょ、先輩」
反動で私は先輩の胸元へと顔をぶつける。
慌てて離れようとするが、先輩はそれを許さず私の背中に腕を回した。
ギュッと力強く、身体が包まれる。
初めて感じる先輩の温もり。
その腕の中でドクン、ドクンと心臓は鼓動を早めていった。
「あの先輩」
私は状況が読み込めず、必死に先輩の胸を押す。
けど、先輩は微動だにしないどころか、さらに強く私を抱きしめた。
そして、私の肩にコツンと額を乗せると今にも消えてしまいそうな声つぶやく。
「なんのために俺が奈子のこと諦めたと思ってるんだよ」
弱々しい声とは反対に回された腕にはより一層力がこもる。
「先輩、何言って……」
奈子のことを諦めた?
それじゃあ、まるで先輩が私のこと……。
なんて、都合よく受け取れるほど私は素直な性格をしていない。
きっと何か他に意味があるのだろう。
「浪川なら奈子を泣かせたりしないってそう思ってた。でも、そうじゃないなら……」
そう言ったあと、先輩が言葉に詰まる。
今日の先輩はいつもと違う。
こんな感情的な姿は今まで見たことがない。
不安になって、先輩の顔を覗こうとすると「ごめん」そう言いながら先輩は顔を上げた。



