没落令嬢は今日も王太子の溺愛に気づかない~下町の聖女と呼ばれてますが、私はただの鑑定士です!~

「君の名は、オデットだったっけ? 近くで見るとなかなか可愛い顔をしているな。ルネから俺の話を聞いて羨ましかったんだろ。女は騎士が好きだからな。ルネに内緒で付き合ってやろうか?」

「なに言ってるんですか。私は絶対にルネを裏切ったりしな……キャッ!」

壁に背を押しつけられて、ダニエルの両腕に囲われた。

下唇を湿らせた彼がニヤつきながら顔を近づけてくる。

咄嗟に顔を覆ってキスを防いだら、酒臭い息が手の甲にかかった。

「キスくらいいいだろ。バレたら女の友情は崩壊するだろうけどな。ここで俺と会ったことはルネに教えない方がいいんじゃないか?」

どうやらダニエルは本気でオデットを口説こうというのではなく、口止めが狙いであるようだ。

恐怖に体をこわばらせたオデットが思い浮かべたのはジェラールの顔。

「助けてください、ジェイさん!」

来るはずないとわかっていても縋る思いで彼の名を呼べば、誰かの走る靴音が聞こえた。

「オデット、ここか!」

「えっ?」

鈍い衝撃音と同時に吹っ飛ばされて尻もちをついたダニエルが、指の隙間に見えた。

殴り飛ばしたのはジェラールだ。