没落令嬢は今日も王太子の溺愛に気づかない~下町の聖女と呼ばれてますが、私はただの鑑定士です!~

「はい。揉めごとを起こして大変申し訳ありませんが、文句を言わせてもらいます」

「あ、ちょっと!」

店主の横をすり抜けてずんずんと通路を進み、ボックスシートでビールを飲んでいるダニエルの前に立った。

彼は両脇に若い女性をはべらせていて、濃いピンクのドレスを着た女性の結い髪には彼が道すがらに手折った赤いバラの花が挿してあった。

(この女性へのプレゼントだったのね。そういえばルネもバラをもらったと嬉しそうにしていたわ。それも盗んだものかもしれない)

「君は――」

眉を寄せるオデットに、ダニエルが目を見開いた。

会話したことはないけれど、ルネに話を聞いているからかそれとも見かけた時があるのか、ルネの友人だと気づいたようだ。

「ダニエルさんひどいです。ルネに――」

急に立ち上がって通路に出たダニエルが、オデットを抱きしめた。

胸に強く顔を押しあてられて、文句はフゴフゴと言葉にならない。

ジェラールに抱きしめられた時のようなときめきは一切なく、ダニエルの腕の中は煙草の匂いと嫌悪感がするだけだ。

ジタバタともがくオデットを抱えたまま、ダニエルが店主に笑って言う。