没落令嬢は今日も王太子の溺愛に気づかない~下町の聖女と呼ばれてますが、私はただの鑑定士です!~

ルネにはこれから勤務だと話していたのに、女性従業員との会話では仕事終わりになっていたのも疑問だ。

(もしかしてダニエルさんは、嘘だらけの人?)

先ほど見た幸せそうなルネの横顔を思い出し、オデットは胸を痛めた。

それと同時に怒りが沸々と湧き上がる。

(ルネに生活費を援助してもらっているのに、こんな高そうなお店に通っているのも許せないわ。やめてくださいって言わないと)

たとえ雨上がりの道で馬車に泥水を浴びせられても、買ってきたばかりのハムが腐っていても困ったと思うだけのおっとりとしたオデットが、こんなに怒りを覚えたのは初めてだった。

ぎゅっと両手を握りしめてから酒場のドアを勇んで開ける。

「いらっしゃいませ。あらお嬢さん、どうしたの?」

対応に出てきたのは三十代くらいの女性店主で、大人の色香があふれている。

子供にも見られそうな小柄で若いオデットが、ひとりで酒を飲みにきたとは思えないのだろう。

店主は首を傾げていた。

「すみません。さっき入ったお客さんに用があるんです」

「マシューさんのこと?」